白華
青年がひとり
微かな光が銀髪に跳ねる
祈るように、嘆くように
伏せられた瞳は空の色
視界を掠める淡雪色
けれども
それがあの空から来たのではないと分かるのは
薄い風に乗って
右から左へと漂っていったから
白く白く
大地を染める、彼岸花
赫い姿しか知らないから
珍しいですね、と青年は呟いて
手を伸ばす
―いつか、いつか
この白がどこまでも世界を埋め尽くしたら
あの空までつづいたら
届くだろうか
伸ばせなかったこの手は
伝えられなかったあの想いは
けれどもその手は華を揺らすことなく
白の世界に
ただ、佇む
―そういえば
白は貴方の好きな色だった
まだこの手が小さかった頃
温かな手に引かれて
二つの影法師を連れて歩いた夕暮れに
そう言って貴方は笑っていた
今もそうなのですか?
もう応えは返らない
ずっとずっと待っていた場所へ
彼の人は二度と帰らないように
一緒にいた時間は長くない
けれど
待っていた時間は決して短くない
でも二度と
隣に立つことも、待つことも出来ない
残されたのは
想う時間だけ
―最後まで貴方は笑っていた
穏やかな笑顔で
でもそれを哀しいと思うのは
きっと
貴方が自分の未来を、一秒先でさえ、見ていなかったから
何一つ
この肩には乗せてくれなかった
世界も、貴方が守ろうとした人も
ただ、微笑んで
未来へ―と
さようなら
優しい人
―――大切な人
だから
私は行きます
貴方が示した場所へと
けれど
あと少し
今だけは・・・
とくとく
貴方がくれた音が聞こえる
とくとく、とくとく
貴方が生きていた証が聞こえる
この胸にある
確かな、絆―
仰いだ空はどこまでも蒼く、遠く
まだこの手は届きそうにない
だから
今だけは
貴方が残したものを抱いて――――