風味絶佳
そこそこに混みあったファーストフード店の中。先に席を取っていた静雄の前に差し出されたのは、ホットコーヒーと、ポーションミルクと砂糖が一つずつ。
「……あ?」
「え、あれ?……コーヒーって言ってましたよね? もしかして、アイスのほうがよかったですか?」
「いや、…」
問題ない。全く問題ない。
だが、問題ないことが、この場合問題と言えば問題なのだ。
平和島静雄の味覚は、基本的に子どものそれに等しい。
苦いものや辛いものが苦手で、甘いものが好きなのである……が、その外見の印象からか、間逆であると思われることが多い。
特に、初対面や、さして親しくない相手からは余計に。甘味が苦手で、苦味を好むと決め付けられ信じ込まれてしまうのだ。
あんな苦いもの。砂糖やミルクなしに飲めるか、というのがコーヒーに対する静雄の所感であるというのに。
この見てくれで甘いもの好きだと悪いのかよ?……勝手に決めつけんな。と、憤ることばかりだというのに。
それなのに、この少年ときたら―――
「…砂糖とミルク」
ぼそりと静雄が呟いた声に、少年は「要りませんでしたか?」と首をかしげる。
「いや、いる」
「ああ、やっぱり」
そう言ってにっこりと微笑んだ少年の顔を、静雄は思わずまじまじと見つめた。その視線に気圧されたのか、びくりと肩を揺らして「す、すみません」と謝る姿に慌てて首を振る。
「いや、別に怒ってんじゃねーよ……………なあ、なんでやっぱり、なんだ?」
それは―――と、少年は再びふわりと頬を緩めて言った。
「静雄さん、以前お逢いしたときにバニラシェイクを飲んでいましたよね? だから甘いもの好きなのかな、って思ったんです。それにいらないなら使わなければいいだけのことですし、持ってこなくてやっぱり必要…ってなったら、取りに戻るのも面倒ですから」
あ、クーポン使ったから百円でした。そう付け加えて締めくくり。少年はすとん、と静雄の隣に腰を下ろしてトレイから自分の分のカップを引き寄せてふうふうと息を吹きかけた。漂う甘い香りのチョコレート色の液体は、どうやらココアであるらしい。
「竜ヶ峰」
名を呼ぶと年齢のわりに幼い顔が無防備な表情で見上げてくる。押し付けがましくない、さり気ない気遣いに細やかな心遣い。喧嘩人形、などと呼ばれる自分にも、物怖じせずに笑いかける豪胆さ。
少年のすべてが、静雄の心を柔らかく擽る。胸の奥に温かなものが沁みていく。この気持ちをなんと呼べばいいのか、他人との普通の交流の経験の乏しい静雄にはまだよくわからない。
「ありがとな」
秀でた額を手のひらでそっと撫で上げれば。黒い瞳が瞠目した後、やわらかな曲線を描く頬が照れたようにほんのりと紅く染まる。
口をつけたコーヒーは、いつものものよりもなぜだかとても甘く感じられた。