二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

金魚葬

INDEX|1ページ/1ページ|

 

 金魚が、死んでしまった。


 ――金魚というのは、いい具合に酔っ払った近藤が、繁華街の夜店から連れ帰った五匹のことである。
 ちいさな赤い和金三匹と、同じにちいさな黒い出目金二匹。買ったのか、掬ったのか。連れてきた当の近藤が覚えていなかったので真相は藪の中だが、ともかく、その夜のうちに山崎が世話係に落ち着いた。
 組の中で何か面倒なことが起こると、とりあえず山崎に、という不文律がある。たとえば洗濯物が溜まっていれば山崎が洗うことになるし、たとえば朝のゴミ出し当番が誰か分からなくなれば山崎が出しに行くことになる。金魚も、それと同じだった(もっとも、山崎は生き物の世話をするのが大体好きだったから、言われなくてもそうなったのだろうけれども)。
 翌朝早く、山崎は物置に転がっていた洗濯盥を洗い、水を張って金魚たちを泳がせた。古ぼけてこそいるものの、白木の盥は金魚によく似合う。屯所の庭には池もあったけれど、金魚はそもそもが観賞用の魚だ。半ば濁って去年の朽ち葉が浮かぶ、池というよりは沼といった方が心情的に正しいそこへ放すのは、少々以上に酷というものだ。
 夜のあいだは勝手場の板間を占領していた盥だが、日中は縁側の隅に置いていたので、暑くなりはじめた季節にもよく合い、隊士にもそれなりにかわいがられている感じだった。沖田などは庭へ盥を下ろしてしまい、隊服の裾をたくし上げて素足を突っ込んでいたが、それでも金魚を潰さないように気遣っているようで、それがなんとなく、山崎には可笑しかった。


 ――――三日、もった。山崎が外での仕事を終えて屯所へ戻ると、五匹とも、ぷかりと腹を見せて盥の中に浮いていた。大江戸ストアにはなかったので、仕事のついでだし、と遠出して買った金魚のエサが、右手に提げたビニール袋に入っていた。今朝までは、パンくずを食べさせていたのだ。
 山崎にそれを知らせたのは歌詠みが趣味の隊士で、彼は、「お前の金魚が、」と言った。


 お前の、金魚が。


 山崎はちいさな穴を掘った。園芸用のシャベルなんて気の利いたものがこの屯所にあるわけもなく、手を使うしかなかった。屯所の裏手は草ばかりががさがさと生えていて、場所だけはいくらでもある。そしてひと気がまったくない。山崎は時々ここでラケットの素振りをしていたが、ざわざわと草の揺れるばかりだった。
 空はオレンジよりも赤よりも淡い色に染まっている。落ちかけた陽が眩しく、眼球を射るようだった。うつむくと、傍らへ置いた金魚が目に入る。手を止めて山崎は、その鱗のうえできらきらとする光りに目を眇めた。
 金魚の泳いでいた水は、池へざばりと落とした。盥は、乾かないうちに物置へ入れると黴が生えるだろうから、大体を洗って水を切り、風の通る場所へ干してある。五匹の金魚は、今朝の新聞紙をすこし持ってきて、その中に包んだ。包み方が甘かったのか、新聞紙が開いてしまって、中が見えていた。
 山崎が見ているのは、その鱗だった。今朝まではすこし、透き通る感じの赤や黒をしていた鱗は、そのひとつひとつが夕の陽を反射させているくせに、どうしてかやけにくすんだ色に見える。上から、すいすいと泳ぐ線のような姿ばかり見ていたので、横になった金魚は、何か別の生き物のようでもあった。くるりと、丸い目は、光りを、ただはね返している。
「…………」
 それほど深い穴は、必要ない。新聞紙ごとそれを底へ置いて、山崎は土をかけた。それで、終わりだった。


 近藤と沖田は、夜店でよく、ちいさな生き物を買ってきた。ふたりとも酒を呑むと、羽振りがよくなるのである。そしてそれらは、たいていそのまま山崎の元へ持ち込まれ、山崎が世話をすることになった。山崎たちが真選組になる前から、それは変わらない。
 黄色なヒヨコ、深緑の小亀、灰白の仔兎。他にもまだいたような気がする。……皆、死んだ。名前をつける間もなく、死んでいく。その度に山崎は、小さな墓を増やした。
 夜店の生き物は弱い。弱いものから売られていくのだから、それが、
(当たり前、なんだ)
 山崎は足元を見た。そう――墓石だって、こんなに小さい。きっと明日には、それを置いた山崎も、その辺りに転がっている他の石と区別がつかなくなってしまう。今までだってそうだった。
(自分は、)

 もうすこし、強いだろう、か?


 山崎は爪の間に入り込んだ土を見て、ぼんやり思った。もう陽はすっかりと、落ちてしまっていた。
作品名:金魚葬 作家名:アキカワ