ざぶり降下
明るい満面の微笑みと素敵な誘い文句に惹かれては、互いにお揃いの冷えた手を繋ぐ。
とぷんと爪の先からを、足下で何時もは踏み締めてばかりの影に呑み込ませていく。影の中では泳ぎながらも呼吸出来るものと初回に教わったので遠慮なく。唇から漏れる泡は下唇と上唇、それに鼻先や額を撫で上げてから軌道に素直に従って頭上の明るい方へと総じて上昇していく。鮫に遭遇した小魚のような速度である。目でそれらを追う。じゃあ行きましょうかと声を掛けられて、後輩の示す進行方向に顔の向きを戻す。途端華やぐ笑顔。単純さが微笑ましい。
「手を離さないでね」
ちょっぴりですら離されたら、何処までも深く暗い処に沈み込んでしまうだろうから。
きみが必要なんだ、呼吸をする為に。念を押す度々に、呆れた物言いを後輩はする。
「信用ありませんねえ」
「行動でしか人を信頼出来ない性分なんだ」
「まあ、まっとうな部分もある先輩らしい持論ですが。稀には例から外れて、未知のことだって鵜呑みにしてみては如何ですか?」
確かに人という生物は判断する能力がまだ幼い頃では、照らし合わせるものが少ないから他人より得た新品の情報に翻弄される習性がある。失敗しては学んで、信じていたものを捨てるより新しいものを吸収する度合いが強い。積み重ねで構築している途中なのだ。
「…なら、未完成の生物らしく稀の稀にはいいかもね」
焦れるも辛抱強く熟考を待っていてくれた青葉くんが安堵したように返す。
「その前向きな意気込みで居てくださいね」
「譲歩して稀になら」
いい笑顔を添加して表仕様に強がるも、肺の内部で酸素が絶える気配がした。なので、最早どうしたって手遅れ。
此処の主に身を任せるしかなのだから、本日は取り敢えずぐるりと池袋真下のコースをお頼みして置く。
任せて下さい、ばっちりテリトリーですと頼り甲斐のある返事を貰う。
要は言語化してしまうなら、普通に移動する際現れる賑わしい人々に自分を遭遇させたくないらしい。用事によってまちまちだが滞在時間はあり結果的には出逢うものの、少しでも優位にと後輩は一人ごちる。どういうことなのか、察するべきかを迷うがひとまずこの移動手段は周囲には内緒としている。利便性もお手軽でいて、非日常的娯楽としても本物なので。
弾んだ声が影の中に溶けては泡になり、弾んでとても静かに消えた。青葉くんの此方に伝えようとしているらしき主張のように。
実は繋いだ手と此処に漂う温度は近しいので、身体の内側から思考が染みだし同化していくような感覚が好ましいし安息感を得ていると伝えたら、この案内人はどんな表情をするんだか。
お楽しみはとって置く派であるから、ゆっくり寝かせて育てることにする。目の覚めるような愛と藍を観覧し続けながら。