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リボンの裏地

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Q10の肌は俺や他の人間のと一見何ら変わりはない。けれど彼女の不自然に直角な動きを見ていると、彼女がロボットなのだという事実が色濃く俺に現実を見せ付ける。

“久戸 花恋”

 漫画みたいなその字面を、やはり漫画のような存在である彼女が記す様は傍から見ていて不可思議極まりない。緩く丸みを帯びる鼻先や、目の周りを縁取って飾る真っ黒な睫毛はまるで人間そのものなのに。

「平太」

 抑揚のない音程で紡がれる名前は、間違いなく俺を指している筈なのに、こいつが話すと自分の名前じゃないみたいだ。

「名前、書けました」

 抑揚がないのは俺の名前だけじゃない。そう思うと、違和感しか感じなかった音が自然と受け入れられるようになって、これはただの音じゃなくて、彼女の声なのだと認識される。
 コンビニで買って来た、何の装飾もないノートの表紙に、Q10の名前だけがそこにある。俺の筆跡そっくりそのままに記された「久戸 花恋」の文字をじっと見つめる。

「うん、オッケ。これでこのノートはQ10のものだよ」
「私のもの、ですか?」
「そう。他の人のものと間違えないように、人間は自分のものに名前を書くんだ」
「そうなのですか」

 Q10は自分の名前が書かれたノートをじっと見つめ、瞬きひとつしない瞳に、その映像をしかと焼きつけている。

「平太」
「何、まだ何かあるの?」
「はい、どうぞ」

 Q10はさっきまで彼女が使っていたサインペンを俺に向けて差し出してきた。彼女の曇りのない瞳が、今度は真っすぐに俺の姿を映している。

「Q10に、名前を書いてください」
「名前?誰の」
「平太の、名前です」

 徐々にだが、一番はじめに比べたら、着実に知識をつけてきている彼女だが、客観的に一見した彼女の容姿は同年代の女の子に間違いないのに、容姿に不釣り合い過ぎる知識の乏しさが口を開くとどうしても浮き彫りになってしまう。
 つまり、何が言いたいのかさっぱりわからん。

「どうして」
「私は、平太のものです。人間は、自分のものに名前を書く。だから平太も、私に名前を書いてください」
「ば」

 どうしてそんな流れになるんだ?!?!

「バカかっ!どうしてそんなっ・・・・!」
「どうぞ、お好きなところに」
「書かない、俺は書かないぞ」
「どうしてですか。人間は、自分のものに名前を書」
「絶対じゃないから、いいの!!」

 Q10からサインペンを奪い取り、ペンケースに押し込んでチャックを閉め切らない内に鞄に放り投げて席を立つ。Q10の表情は変わらない筈なのに、何処か不思議そうに俺を見詰めている気がするのは俺の自意識が過剰すぎるせいなのだろうか。

「か、帰るっ。じゃあな」
「はい。さようなら、平太」

 きゅっ、と持ちあがる口角は、人間として見るとやはり不自然に思えるが、口を閉ざした彼女は同年代の女の子そのままなのだ。

 か、

 喉まで出かかった言葉を無理矢理飲み込んで、机に太腿をがんがんぶつけるのも構わずに、最短距離で教室を後にした。その言葉を今口にするのは、何だか負けた気がするから、本音は腹の底にぐっと押し込む。

 かわいい、とか、絶対思ってないんだからな!


作品名:リボンの裏地 作家名:ばる