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桜雪

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桜の花が咲いたのを下から見上げると、うっすらと空が淡いピンクに染まって見える。
ひらり、と落ちてきた一枚の花弁を手のひらに受けて、ロシアはそれをかざして見直した。花弁はほぼ白だ。それがどうして、ピンクに見えるのだろう。裏、表、と見直していると、ロシアが後をついてこないのを訝しんだ日本が、足を止めた。
「どうかしましたか」
数歩前で止まった日本は、後ろに戻ってくるような気配はなかった。その場で立ち止まり、ロシアを窺っている。
うん、とロシアは一人頷いて、手のひらを逆さまにした。花弁は重力の赴くままに、ひらり、ひらりと落ちて、地面を埋める他のそれと一緒くたになってしまう。
「全体で見るのと、何だか違うなーって思ってね?」
にこりと笑って日本を見ると、彼は少し、眉を顰めた。
「…それは、桜の花が、ということですか」
主語の抜けていた文章に、日本が聞き返す。一応ね、とロシアはそれに笑って答えた。
目の前の彼も、そうだった。他の国、例えばイタリアやドイツ、もしくはアメリカやイギリス。その辺の国と一緒にいる時と、自分と一緒にいる時は違う。
笑顔がデフォルトのような彼でも、自分には微笑んでなどくれない。常に緊張した面持ちで、一歩近づけば退くような。そんな、関係。最初からずっと、こんな状態なのだ。
「……こうして見ると、桜は」
言って、日本は空を見上げた。
「…あなたのところで降る、雪のようにも見えますね。降り積もっても、寒くはありませんが」
自分の肩についた花びらを払って、日本が少し、笑ったように見えた。もう行きますよ、とすぐに前を向いてしまったので、よくは見えなかったが、それは確かに。
「僕には、君のように見えるよ」
匂いもくれず、華やかな色もくれない。淡く、ただすり抜けて落ちていく。…留まることなど許しもせずに。
ロシアの呟きは、日本まで届かないようだった。彼はまっすぐに、行くべき方向へ進んでいる。
振り向けばいいのに。そんな思いが通じたのか、日本は再び、足を止め、自分を呼んだ。それに、うん、と答えて、もう一度足を動かし始める。
「ひまわりはまだかな。これくらいいっぱいあるのを見たいなあ」
「『春来たりなば、夏遠からじ』と言いますからね、きっとすぐ、見れる時期が来るでしょうよ」
何事もないように、日本が答える。そっか、と相槌を打って、後は黙って足を進めた。
作品名:桜雪 作家名:浅平夏晴