絶対存在
そっと顔を近づけると、リクは一瞬瞠目したがすぐに大人しく目を伏せた。そこへ、遠慮なく唇を合わせて舌を滑らせる。薄く口を開いて、リクはそれを甘受した。
リクは従順になった。昔の、島でお兄さん風を吹かせていた姿からは想像もつかないほどに。
かけっこで勝ち、チャンバラで勝っては俺をからかった。俺はそんなリクに追い付きたくて、何度だって勝負を挑んで、負けた。
あの頃の俺からも、想像がつかない変化がある。
それは、途方もない独占欲。
「ん……」
しつこく舌で嬲り、何度も角度を変えて唇を合わせ、しまいには圧し掛かるようにして貪っても、リクは制止してこない。むしろ、荒くなる呼吸を必死に抑えて、俺を受けとめようとしているみたいだ。
目元を潤ませ、はぁ、と合間に熱っぽい吐息を漏らしながら、懸命に舌を絡めてくる。愛しいそれを吸い上げ、甘噛みし、深く絡めているとやがて完全にリクの体から力が抜けた。
くたり、と仰向けに横たわるその上に馬乗りになり、ようやく口を解放してやる。
するとリクは、上気させた頬に目のふちに溜まった涙のおまけつきで、口先だけの文句を言った。
「……長い」
「だって、リク可愛いんだもん」
間近で見下ろしながら、偽りのない感想を述べると、目を瞬かせた後フイと顔を反らした。頬が赤い。もう何度だって繰り返した台詞なのに、リクはいまだに受け入れない。
「リク」
「……なに」
チラと見上げてくる視線を覗き込んだ。
「俺のこと好き?」
「……」
今度は何を言う気だ、とリクは探るような目線で眉をひそめる。俺はそれを真っ直ぐに見返す。
知ってるんだ。
リクが、この目に弱いことぐらい。
「……、もう知ってるだろ」
「聞きたい。リクの口から」
「……前にも言った」
「もっかい聞きたい」
「……」
俺の頑固さ、知ってるだろ?
リクは困った様子で目を反らしたが、頬はますます赤くなる。
リクの中では答えは決まっているのだ。俺が聞きたいというのだから、リクは俺の欲しい答えを口にするしかない。それ意外の選択肢はないとわかっているのに毎度逡巡するのは、リクの中に残ったなけなしのプライドのせいだ。
でもそれがリクをリクたらしめる部分だから、そこは残しておいてあげようと思う。
「……好きだよ」
ようやっと、ほんの少し視線をあげてリクはそれだけを口にする。ほんのりと朱に染まった頬が、その言葉が真実である証拠だ。だが、その事実を受け止めてもなお、俺の独占欲は満たされない。
「誰を好きだって?」
「……お前だよ」
「ん、知ってる。リク、ちゃんと言ってよ。誰が、誰を好きかって」
リクは泣きそうな顔をする。当然だ。なけなしのプライドをすり減らして言った言葉を、さらに詳細に繰り返せと言われている。
それでも、リクはちゃんと俺を見上げて、口を開いた。
「俺は、ソラが好きだよ」
「リク」
嬉しくて、俺はリクの鼻に、頬に、前髪を掻き上げた額にキスを落とす。
むずがるリクに唇を寄せて、
「俺も好き。リクが大好き。誰よりも、そばにいたい」
「……俺はもうどこにも行かないって言っただろ」
「うん」
続く言葉は口には出さない。
行かないんじゃない。行かせない。俺のそばから離れることは、俺が許さない。
本当なら、足を折って、腱を切って、枷で繋いで、誰にも目に触れることのない場所に、ずっと閉じ込めておきたい。俺以外と言葉を交わさず、俺だけを見て、俺以外を知らないで暮らしてほしい。
その想像はひどく甘美で俺を酔わせたけれど、俺の中の光の部分はそれを許さなくて、今まさに俺の下で俺のことをひどく大事そうに目を細めて見上げているリクがいればそれで十分だと促すのだ。
だから俺は、リクの好きな真っ直ぐな目でリクを見て、「愛してる」と囁くのだ。
< END >