本気ですよ
背中に太陽背負った能天気全開の男が、ドアをぶち壊す勢いで入ってきたかと思うとそう叫んでズカズカ人の家に侵入してきた。こいつのせいで放たれたドアの向こうから忌々しい熱気が入り込んでくる。それだけで一瞬身を引いた。
ていうか、え、鍵、開いてた?壊した?
「何言っちゃってんのこの猛暑日にさすがにお兄さんでもそれは付き合ってあげられないやめて痛い痛い引っ張んないで無理無理無理!!!!」
「なんでや!!夏やで?!遊ばんとかそんな選択肢ないで!」
ソファに座ってた俺を無理矢理立ち上がらせて喚く。というかもうこの時点でドア目前。ぐいぐい引っ張られる俺。どんだけ強引。あーーーーーっつい。暑い暑い!遊ばないなんて言ってないのになんで屋外遊び限定?でももうこうなった我儘っ子はどうしようもないので取りあえず外から家の鍵だけは閉めた。ああ壊したわけじゃないのね、よかった。じゃあどうやって入ったんですかってことは置いておく。
「ほんなら海行くで!」
「海なの?!」
エンジンかけっぱなしだったアントーニョの車に乗り込んで窓を開ける。爽快というには程遠い温い空気が停滞している。乗っただけでじわっと汗をかきそうなほど暑い。クーラーかけずによくここまで来たな、さすが情熱の男。でも太陽がこれは、完全に、敵意むき出しである。
「ていうかプーは」
「プーはなんかおらんかった」
「ロマーノちゃんは?」
「フェリシアーノと遊びおって海行こー言うて迎え行ったら『てめぇと違って忙しいんだよ!』って言われたわー」
「へー…お兄さんも忙し」
「忙しくないやろ?」
「…はい」
「ふふ」
「つかなんで海?」
「夏といえば海やん」
「あー…ね…」
大音量で流れていたスペイン語の音楽の合間を縫って会話をする。アントーニョの運転は雑でもなければ丁寧でもない。スピードが出ているおかげで温い空気も爽快さをなんとなく引っかけていて、無理矢理連れ出された割になんだか楽しいような気がしなくもなくなってきた。疲れていたのかもしれない。よく言うけども沈黙の許される相手というのは、貴重な存在なのだ。窓から流れる景色を視界に入れながら認識しないまま、靡く髪も無視して目を閉じた。
「フランシス!海やで!!!海!!!!」
それはもう吃驚して目が覚めた。異常に心地いい夢を見ていたが、記憶からそんなものすっ飛ぶ勢いで目が覚めた。運転席から手を伸ばして俺の体をユサユサ揺らすアントーニョは相変わらず満面の笑みで、何寝とんのやー、と言った。
「俺めっちゃ一人で喋ってしもたわ!」
フランシスどのタイミングで寝たん?とかなんとか言いながらアントーニョは車を降りる。家から引っ張り出された時ほどの暑さはもうないらしい。俺も続いて車を降りる。海風が顔にあたる。
「ひろ…」
情けないがそれが感想だった。ここんとこ一応忙しかった俺は海なんてだいぶ久しぶりだし、目覚めたばっかりの目に太陽と海のキラキラが痛い。
「きーーれーーーー」
やろー?という言葉と視線を感じてアントーニョの方に目を向ければこっちを向いてニヤついている顔が視界に入る。こいつという男はいつもニコニコニコニコ、すさまじいポジティブさと明るさで周りを巻き込む。見習いたいものだがさすがにここまではちょっと。哀愁もお兄さんには大事だからね。
「こんなに広大なもの魅せつけられたら、もうなんかどうでもよくなるわぁ」
「アントーニョもそういうこと思うんだね」
「落ち込む時は落ち込むて、そりゃ」
「はは、初耳」
どうでもいいけどやらなきゃいけないことが溜まってる。帰ったらあれやってこれやって、順序を立てる。お仕事しないと生きていけないし、そういうのが嫌いなわけじゃない。そりゃ当り前のことで当り前の毎日を送ることがいかに幸せでいかに難しいことか、分からないほど子供じゃないが、
「なぁ、どっか行こうや、このまま」
時より言われるこういう言葉に、お兄さんは流されてしまいたいんだよ、本当はね、なんて内緒ね。
「なーに言ってんのー」
「えー、本気やで」
「はいはい」
笑いあって優しくし合って、喧嘩して助け合って愛し合って、俺達の関係は構築されてもう、崩れ方を知らない。太陽がじわりじわりと沈んでいく。車の中に戻って、海を離れて、俺はまたスペイン語の音楽に耳を傾けながらデジタル時計の動きを見つめている。
俺の閉じ籠ったドアをぶち壊して無理矢理明るいものを押しつけてくるこの青年に、幼い時から何度も何度も、助けてもらってきたから
「ありがと」
「なにが?」
「お前という存在に?」
「ははっ気持ちわるー!」
関係性に特別な名前を付ければ簡単に無くなってしまいそうだから微笑む程度ですべてを曖昧にしておく。これもひとつの愛情ってやつだよ。