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ブルーローズの恋人

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 ひょんな事からある日突然女性の身体になってしまった臨也が、帝人のケータイにたった一言『探さないで下さい』とメールを寄こして消息を断ってから約一ヶ月。
「随分君を心配させちゃったみたいだね。黙って消えるのも悪いかと思ったんだけど」
「あれじゃあ余計に心配になりますよ!」
 前触れもなく、臨也が帝人の下宿に姿を見せた。
「どうして連絡くれなかったんですか!」
「ごめんね、ちゃんと折り合いをつけるまでは帝人くん断ちしようと思って」
 願掛けか。
 何に折り合いをつけるって、やはり『女の身体という現実を受け入れる』という事だろう。元の身体にもどるすべはないと告げられた、残酷な現実から逃避したのかと帝人は気が気ではなかったのに。
 男から女へ。一ヶ月やそこらで、折り合いとやらはつけられるものなのか?
「俺が自殺するとでも思った?器は女の子でも、中身は男のまんまなんだ、やっていけない事は無いさ。地獄みたいだとは思ったけど、まだ本物の地獄に行きたいわけじゃない」
「臨也さん……」
 ココはなんにも変わっていないよ、と。とんとん、と臨也の指が心臓の辺りを叩く。薄くエナメルを塗った爪の下にはまろやかな隆起を描く胸。折れそうに細い腰を経て、ふっくらとした太腿を覆うのは――ミニスカートだった。帝人は目のやり場に困っていた。
「ねえ帝人くん」
「はいっ」
 ずいっ、と顔を近づけられて、思わず帝人は仰け反る。臨也は性別がひっくり返っても、超がつくほどの美女だった。異性への耐性が無い帝人には刺激が強すぎた。
「私、綺麗?可愛い?」
「は、はい?」
 問われて、返事に困った。
 正直に言おう。眼福だった。
 すごく綺麗ですよ。元々格好良かったのに、骨格が変わったせいか一回りほど小さくなって、すっごく可愛いです。――なんてうっかり言った日には。
 臨也の中身は男なのだ。男に向かっての可愛いは褒め言葉ではない。なら、なんと答えるのが正解なのか。
「客観的な自己評価としては、まずまずって感じだったんだけどね。でも、」ちらり、と臨也は帝人に視線をくれた。
「帝人くんが気に入ってくれなきゃ、意味ないし」
 臨也は自分を「私」と言った。ああ、それでいいのか。
「臨也さんっ」
「わ」
 腕を伸ばして、臨也を抱きしめた。前より細いのに、前より柔らかい身体だった。まふ、と胸元に顔を突っ込んでしまって、帝人は慌てて顔を上げた。
「なんにも変わっていないんですよね?なら、まだ僕の事は好きですか?」
「もちろん大好きだよ」
 一ヶ月ぶりの帝人くんだぁ、といとけない口調で、彼女は帝人に頬ずりをする。
「変わってないっていうかね、私、いや、俺って元々ノンケじゃない?あっ帝人くんは別ね、君が男の子だからじゃなく君が君だから好きになったんだからさ。……でも、今の身体だと俺の相手は男を宛がわれるわけでしょ。他の男とあんな事するなんて冗談じゃないよ」
 よく回る舌で、忌々しげに吐き捨てた。
 臨也は不安定で不安で、今もまだぐらぐらしてるんだ。でも帝人は彼女ほども喋るのが得意では無かったから、大丈夫だよって言葉の変わりに、抱く腕に力を籠めた。この腕は、絶対に離さない。
「好きだって言ってもらえて、安心してるのは僕ですよ」
「え?」
「綺麗な彼女を持って不安になる人の気持ち、よく分かりますから」
 明らかに自分と釣り合わない人は、いつか他の人に横から攫われてしまいそうで。臨也は同性同士でも自分を愛してくれていると知っていたはずなのに、臨也が黙って音信不通になった時に、臨也を心配しながらも、心の端っこで帝人は思った。
 ――ああ僕信頼されてないんだなぁ。いざって時に見限られたのかな、なんて。
「心配させないで下さい。黙って、いなくならないで」
「ごめんね。器は女として生きていくからには、中途半端は嫌だったから」
 それで、そのミニスカートですか。臨也の肝が据わっているのか、相変わらず思考法が斜め方向に振り切れているのか。
「『女装』にだけは見えないようにってね」
 透き通るアルトボイスで『私』と言い、漆黒のスカートから美脚を惜しげもなく晒して颯爽と歩く臨也は正しく、女性だった。敵わない、と思った。ますますこの人を手放したくない、とも。
「こういう格好、帝人くん好きでしょ」
「あ、ええと」――大好きですよ。
「他の誰にどう見られようと、どうでもいい。帝人くんが気に入ってくれればそれでいいよ。ていうか帝人くんに捨てられたら私、生きていけない」
「それはないですよ、絶対に」
 臨也はこのまま情報屋稼業に戻るつもりだろう。性別が違うだけの元通りの生活に。そしたらこの人、すごい小悪魔になりそうだ。臨也の性格上、自分の身体を駆け引きに使う事はまず無いのが救いだったが。
 綺麗な顔を凶悪に歪めて微笑む。女という性も相まって、壮絶な光景だろう。明日からはまた何でもない顔をして、生まれた時から女だったみたいな顔をして、帝人を始めとする周囲の人々を振り回してくれるのだろう。
 でも、しおらしい事を言って、帝人の言葉に縋るという、この人の一面も知っている帝人としては。
「手放せるわけ、ないじゃないですか」
 イニシアチブを少しだけ握っている、それは後ろ暗い優越感。首をもたげる独占欲。帝人だって、そこまで清廉潔白な人間ではない。


「そっかぁ、よかったよ!それなら帝人くん、さっそくだけど!」
 妙に晴れやかな臨也の声に嫌な予感。こういう時の臨也は大抵、ロクなことを考えていない。
「しよっか!」
「えええ?!」
 婉然と笑む臨也を前に、何をですかなんて聞くだけ野暮である。
「私の方はいつでもオッケーだよ?」
「いやいやいや!でも僕は心の準備できてないしっ」
 男同士、帝人がマグロ状態だった今までと違って、これからは役割が変わるのだ。突き飛ばす勢いで身体を離すと、むうっ、と臨也は不機嫌そうな顔で帝人を睨んだ。
「あのさぁ帝人くん」――声が一オクターブ程低くなった。こうして聞いてみると、男の時の臨也がまざまざと思い出されて、なお怖ろしい。
「俺は一ヶ月かかったけどさ、覚悟は決めたし準備もできてる。君の方は男の子のままなんだよ?できない事はないでしょ?」
「待って待ってちょっと待って!」
 理不尽な言い様なのに、突っぱねた方が悪者のようだ。そういうタチの悪い言い方を臨也はしている。
「なんで?……やっぱ、嫌いになっちゃった?」
「そっそういうのは卑怯ですよ!」
 ずいずいずい、と這うように迫られて。薄いカットソーの下で強調される胸元の曲線美や、より露わになる太腿に目を奪われているうちに、形のいい唇が笑みを結ぶ。
「じゃあ、いいよね」
 ――く、喰われる!
「これからは君にも頑張ってもらわなきゃいけないからさ、健闘を祈るよ」
「っ、ああもう……!」
 このまま一方的なのも男の沽券に関わるので、帝人が両肩に手を掛けて力を入れると、臨也はあっさりと押し倒されてくれた。
「そっちこそ、煽ったこと後悔しないで下さいね!」
「うん」
 なんだか楽しそうな臨也の、少し伸びた髪に指を差し入れて、薔薇の花びらみたいにふっくら色づいた唇に口づけた。




End.
作品名:ブルーローズの恋人 作家名:美緒