地に堕とされて、血に塗れても
ホント偶に無性に無意味にだけど。
だけど時々思うんだ。
コイツのコト、殴って縛って動けなくしてやりたくなる時があるなんて。
例えば革の首輪なんかつけてやって、手も足も鎖で繋いで縛り付けて。ついでに猿轡に目隠ししてさ。
……ああ、でも最後のひとつは意味ねえな。
だってコイツは目が見えない。
かなり前の話だけれど、コイツの視力は奪われた。
無理矢理に、コイツの意志なんか無視されて。
アレからずっとコイツの瞳は閉ざされたまま。何一つ見えやしない。
なのに。
コイツは立ちあがって前を向く。
眼なんか見えなくても、まだやれることはあるだろう?
そんなふうに笑ってさ。
目が見えなかったら軍人なんてやれはしない。錬成だって無理だろう?
なのに。
大丈夫だ。まだ足は動く。頭も動く。目が見えなくても考えられる。出来ることなどいくらでもある。
そんなふうに笑ってさ。
きっと多分。今この国で、コイツが一番この国のコトよく知ってる。
色々あって、この国を支配していたホムンクルスとか一掃して。この国は民主化なんて道を歩いている途中なんだ。
コイツは今、軍人なんて辞めたけど、この国が平和な道を進むようにってすげえ色々考えてる。
昨日だって、隣国の要人とやらと会談したり。今日だって国中に散らばってるコイツの部下に報告を受けて、明日は明日で現大総統に意見をまとめて報告するとか。
そんなこと、やってるんだ。
目が見えなくても私に報告してくれる優秀な部下がたくさんいるよ。ああ、元部下かな?今の私には何の地位も肩書もないからね。けれどたくさんの手がこの私を支えてくれているだろう?だから見えなくてもわかるんだ。国の進むべき道のりが。大総統なんて地位にはなれなくなったとしてもまだ出来ることはいくらでもある。
そんなふうに笑ってさ。
そんなコイツを見るたびに、オレは無性に叫びたくなる。
いっそコイツの目だけじゃなくて、足も手も思考も全部無くしてやって、無理矢理に強制的に前なんか向けなくしてやりたいって。
でも地に墜とされて、血に塗れてもコイツはそこで立ち止まらない。
立って歩いて前を向いて。
負けないで、立ち止まらないで進んで行く。
だから、オレは。
殴ってでも縛ってでも何でもいいから少しくらいは立ち止まって後ろを向いて、少しぐらいは嘆けばいいって。
辛いとか苦しいとか理不尽だとか。そうやって悲しめばいいんだって思っちまう。
だけど、泣かないし笑っているし。今だって。見えてないってのにオレのこと、抱き寄せて抱きしめて、大丈夫だよなんて言いやがる。
逆にオレに向かって君が泣かなくていいよなんて言ってオレの頭なんか撫でてるし。
泣きたいのはアンタだろ。
悔しいのもアンタだろ。
辛いクセに、歯を食いしばってるところも見せないで、それで穏やかに笑っていやがるんだ。
泣けよって言っても泣かねえし。
いっそ殴ってやろうかっていつも思う。
だけど。
なあ、鋼の。もしも私が辛いだの苦しいだのと泣きごとを言って後ろ向きな人生を送ったら、君も皆も私の事などあっという間に見捨てるよ。そんな人生は私自身が嫌なんだ。それに目が見えないくらいで未来が閉ざされるなんて思ってはいないんだよ。まだ出来ることがあるだろう。だから嘆いているわけにはいかないんだ。
そうやって強がりじゃなく、コイツは本気で思ってるから。だからこそ一層悲しいんだなんてコト、全然ちっともわかっちゃいねえ。
だからオレが。
コイツの代わりに泣いてやる。
だからオレが。
泣けないコイツを泣かせてやる。
地に墜とされて、血に塗れても。逆境なんかに負けねえで、立ち向かっちまうそんなコイツに。
オレが少しでもできること。
なあ、ほんの少しでいいからオレが。アンタを泣かせてやっていい?
‐終‐
作品名:地に堕とされて、血に塗れても 作家名:ノリヲ