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海に沈む夕陽と朱色に

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だから嬉しい。多分おれはこれだけでもう十分だ。
「……おれ、ちょっとうじうじと悩んだりしてたんですけど」
言えないことがたくさんある。
言いたいことが言えなくて。
このままで居たくて。踏み出す勇気が持てなくて。
でも。ここは本当に穏やかに綺麗で。
それでいい。
多くは望まない。掌の中にあるもの、それを大事にするだけでいい。十分満足できる。きっと。
例えばそのうち藤原夫妻と離れても。
例えばそのうち名取さんと違う道を歩んでも。
……おれが独りになったとしても。
今日のことは忘れない。
海に沈む夕陽とこの曲を。おれはいつだって思いだして暖かい気持ちになれる。
だから。
「ありがとう、ございます名取さん」
好きだという代わりに感謝の言葉を。
これが今のおれに言える精いっぱい。
ありがとう、おれをここに連れてきてくれて。綺麗な夕陽をおれに見せてくれて。歌を、聞かせてくれて。
言わないけれど、おれがあなたを好きだなんて。
言わないけれど、そのかわりに。ありがとうに気持ちを込める。
「海と空見てたらなんとなくすっきりしました。だから、今日は嬉しかったです。ありがとうございました」

おれは自然と笑顔になった。
このままでいい。この距離でいい。
いつかの先はまだ考えない。今、ここで、この場所で。あなたと同じものを、美しいものを見られることが嬉しいです。それだけでおれは満足です。
「夏目」
真剣な顔で名取さんはおれに呼びかける。
「はい?」
「今日はね。私は……賭けをしていたんだ」
「賭け……ですか?」
「ああ。賭けに勝ったら君にずっと言おうかと思ったことをここで言おうと決めていた。賭けに負けたら一生言わない気でいたんだ」
「……なんかずいぶん思わせぶりなセリフですね。一生とかって……そんなこと言われたら気になります」
おれがひとりでうじうじ悩んでいるのと同じように、名取さんも何かを悩んでいたんだろうか?
ふらっと気まぐれにおれを海まで誘ったんじゃなくて。名取さんも何かを考えていたかもしれない。
……なんだろう?すごく気になる。
「うん。そう……だね」
名取さんはちょっとだけ視線をオレから逸らした。ゆっくりと西日が海に溶けていた。オレンジ色の夕陽はもう蒼に染まってしまっていた。

まだ、暗くはないけれど。すぐに世界は夜になる。
空を、海を、沈んだ夕陽を名取さんは睨むみたいに強く見る。そうだねと言ったきり黙ってしまった。
「賭けってなんですか?勝つとか負けるとか。その、気になるんですけど」
しばらくおれも黙ったまま名取さんの続きの言葉を待ったけど、一向に話出そうとはしないから、おれは痺れを切らして重ねるように聞いてみた。
「うん。賭けにはね勝ったよ。最初の賭けは夏目がここまで一緒に来てくれるかどうか。もう一つはこの海を喜んででくれるかどうか。それをね、私は賭けてたんだ」
なんか黙りこむほどの内容じゃないと思う。オレはもう海まで来てるし……っていうかあの状況じゃ名取さんの車に乗り込まざるを得ない。おれは目立つの嫌なんだから。
「そろそろ帰らないと塔子さんが心配しますけど。とりあえず今日は楽しかったです。その……お世辞抜きで嬉しかった、です。」
「……本当かい?」
疑り深い目で、名取さんが言った。
「さっきも言ったでしょう。悩んでたこと、すっきりしたって」
好きだと、気がついた。でもこのままでいい。名取さんにおれのこの気持ち伝える勇気はなくても。このままで、おれは充分だってそう納得できた。暖かい夕陽の色を胸の奥にしまって、暗い夜も歩いていける。大丈夫だってそう思えたんだ。
じっと名取さんを睨み返したら、小さくごめんねと苦笑された。
「ごめん夏目。いや……ありがとう、かな?」
「ありがとうって言うのはおれのセリフです。今日は嬉しかった。本当です」
「うん。そうしたら……私は賭けには勝ってしまったね」
「その、何か知らないですけど賭けってなんですか?おれが聞いてもいいことですか?」
おれに何か関係あるのなら聞いておきたいとは思った。でも賭けの対象にされただけでその中身がおれと関係のないこととか、おれには言えないことだったりしたらおれは聞かない。
おれにも、名取さんに言えないことあるし。
無理には聞けない。
だけど、そこまで賭けとかするくらい決めかねることあるのなら、知りたいとは本音では思う。
「ああ……」
ため息みたいな返事だった。決めかねている、ような。しばらく、名取さんは視線を泳がせていた。
「聞いて……くれるかい夏目」
「おれが聞いていいことなら、聞きたいです」
ゆっくりと、薄い唇が開いていって。そしてそこから流れた言葉は。


聞き間違えかと思った。
おれはきっと呆けた顔で名取さんを見ていた。
あんぐりと、口も開けていた。
馬鹿みたいな顔だった。

短い、言葉。
それを名取さんははっきりと言った。
さっきのバラードみたいに小さい声で、でも、オレの心に響く言葉で。
たった一言、その言葉を。

海風と共に告げられたその気持ち。
オレが言わないでおこうと思ったその言葉。
名取さんと気まずくなるくらいなら、ずっと胸に秘めていようと思ったその気持ちを。

海に夕陽が沈んで。世界は蒼く、そして暗くて。
でも、夕陽に変わりに暗い夜空には星が瞬き始めていて。
まるでその星の輝きみたいに名取さんの言葉がオレの中に煌めいている。

オレは名取さんに言わないでいようと思ったのに。それでいいと納得したばかりなのに。

短い言葉。
だけど。
その言葉はおれの心の奥底までをも照らしてきた。


「夏目」
重ねて言われたその言葉に、おれの顔は夕陽なんか目じゃないってくらいに真っ赤に染まってる。
「ごめん、迷惑だったかな?」
名取さんは寂しそうに笑ってる。そんな顔、させたいんじゃないんです。
「これでも悩んだんだ。告げてしまえばもう今日みたいに夏目と過ごせる時間がなくなってしまうかも知れないとね。夏目に避けられるのは私も嫌でね。だから、賭けをしてみた。夏目がこの海を喜んでくれたら私の気持ちを君に告げようと」
おれは、この海を見て。名取さんへの気持ちを言わないままでいようってそう納得したって言うのに。名取さんは逆だった。
気持ちを、おれに伝えてくれた。
ほんと、こう云うところがおれと名取さんは反対で。タイミングもいつも合わなくて。
でも。
名取さんの気持ちはまるで星みたいにおれの中で瞬いている。
「ごめん夏目。私にいきなりこんなことを言われても、迷惑だね。……うん、気にしなくていいよ。言おうとそう賭けをしただけだから」
ああ、無理に迫ることはないから今まで通りたまには私に付き合ってくれると嬉しいけれど、気持ちを押しつけたり返事を強要したりはしないから。
そんなふうに名取さんはなんだかんだと続きの言葉を重ねていたけれど。そんな言い訳みたいなセリフはオレの耳には入ってこない。
ああ、もう。違います。おれも、同じ気持ちです。だからそんな言い訳なんていらないんです。
嬉しかったんです。海を見て、夕陽を見て、あなたの気持ちを伝えてもらって。
作品名:海に沈む夕陽と朱色に 作家名:ノリヲ