カケオチトレイン
「やあ」
一人の男が声をかけた。もう一人も同様に声をかけた。
二人は別に親しい間柄でも何でもない。ただ偶然同じ列車の同じ席に乗り合わせただけの二人。
そう、始めはそうだった。
ガタンゴトンッと列車が揺れる。
「貴方とこうして向かい合わせでお話するようになってもう何年でしょうね」
「さあ。そんなこといちいち覚えちゃいないよ」
三度目までは偶然てあるもんだと思った。
四度目にしてあれ?と思った。
同業者なら同じ列車に乗り合わせることは多いだろう。しかし席まで同じことが続くなんてありえるのだろうか。
そして五度目。先に声をかけたのは黒髪の男だった。
そしてお互いの素性を聞き合った結果、全てにおいて共通するところなどなかった。
どうやら変に疑う必要はなさそうだ。なにより目の前の男に疑うべきところは何もない。
これはもうこういうものだろうと黒髪の男は開き直ることにし、向かい合わせの茶髪の男もそれに倣うことにした。
以来、顔を合わせるたび二人は会話を交わすようになった。
本当に他愛ない話題をどちらかが降車駅に着くまで。それほど盛り上がることもなかったが楽しいと思えるものであった。
ガタンゴトンッと列車は揺れる。
いつも見慣れた風景。見慣れた車内。見慣れた向かい合わせの顔。
何年経っても変わらないなあと思う。
「本当にいいんですか?」
茶髪の男が問うた。
黒髪の男は眠たげに欠伸を噛む。
「僕が選んで決めたことだ。そして君も選び決めた」
自問自答なんて今さらだと言った。
ガタンゴトンッと列車は進む。
いくつの駅に停まり、いくつの駅を過ぎてもどちらとも降りることはなかった。
そうして見慣れた風景が見知らぬ風景へと変わってゆく。
黒髪の男が手招き一つ。
茶髪の男が腰を上げ手のなる方へ。そうして二人は初めて隣り合わせで座った。
この先が見知らぬ土地であろうとどうでもいいことだ。
どうせ降りる時は一緒なのだから。