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ちいさなカレーライス

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――おにいちゃん、はい、これ!

 まるで春の日差しのような笑顔をいっぱいに広げた春奈が、兄の有人に手渡したものはカレーライス、……を模した消しゴムだった。皿の大きさは親指ほどではあったものの、盛られたカレーライスにはご丁寧にも福神漬けが添えられており、外見はなかなか精巧にできていた。
春奈のもう一方の手には同じカレーライスが握られていた。



 先ほど、気のよさそうな施設長が新しく持ってきたおもちゃの中に、食べ物や宝石・動物を模した消しゴムが大量にあった。
「一人一個ずつあるからね」と施設長が長机のうえに広げると、こどもたちはわれ先にと群がる。
たとえ消しゴムのおもちゃであろうと、こどもたちにとっては本物以上に価値があるものである。目をいっぱいに輝かせ、各々が気に入ったものを一つずつ大事そうに握り締めて、そしてそれぞれ散ってゆく。
 有人は春奈が先に選びにいくよう促した。彼にとっては春奈が気に入ったものを選んでくることが最優先で、彼自身は残った余り物で構わないと思っていた。
それが小さいながらも兄としてのせいいっぱいの愛情だった。



――おにいちゃんのぶん! おんなじのがふたつのこってたの、カレーしかなかったの

 きっと春奈は、二つ揃っていればたとえリンゴでもウサギでも、ルビーでもオレンジジュースでも何だって良かったのだろう。
大好きな兄とおそろいのもの、それが春奈にとって一番大切なことであった。

――ありがとう、はるなっ

 わたしいっしょうけんめいさがしたの、と春奈の誇らしげな表情の中に含まれていた彼女の思いやりがうれしくてうれしくて、有人は春奈を抱きしめると、腕のなかから苦しそうな小さな悲鳴が聞こえた。
しまった、と目を瞬かせて有人はすぐ手を離して春奈を開放する。

――むう、くるしいよう……
――ごめんごめん、おわびに、おままごとつきあうよ!
――ほんと? やったあ!

幼い兄妹が額を合わせてはにかむ。
春奈がくすぐったそうに笑って、それから良いことを思いついたときの笑顔を浮かべた。


――じゃあ、おゆうはんはカレーにしようね!



 ***



 日中の厳しい練習も終わり、風呂に入って身体をすっきりさせたあとは夕飯の時間。
男子たちが風呂に入っている間にマネージャーたちが全員分の食事の支度を済ませるのがいつもだった。
 風呂上りのメンバーが食堂に順次やってくる。うちわで扇ぎ涼む者、普段は上げている髪を下ろして誰が誰だかわからない者数名、ハーフパンツ一丁の者、トランクス一丁の者、七味唐辛子の小瓶を持ってあちこち駆ける者、栗みたいな者、腹減った腹減ったうるさい者……それぞれがそれぞれの席に着き、マネージャーたちが手際よく食事を盛った皿を置いてゆく。
 最後に食堂ののれんを潜ったのは鬼道だった。ゴーグルにマント、ジャージと風呂に入る前と全く格好が変化していない。風呂上りにそれは暑くないのかという突っ込みをする者は合宿三日目にはもういなくなっている。
 鬼道が席に着くと、待ってましたとばかりに春奈が皿を持ってやってきた。

「お兄ちゃん、はい、これ!」

 プレートに盛られていたのはカレーライス。隅には福神漬けの鮮やかな赤。

「今日のお夕飯だよ」

私たち一生懸命作ったんだから、と自信に満ちた表情の中にどこか気恥ずかしそうなものが含まれていたのを、鬼道は見つけた。
昔の、施設にいたころのカレーライスの消しゴムを思い出す。

「ありがとう、春奈」


 鬼道がいつの日かと同じようにはにかんでみせると、春奈もつられるように顔を綻ばせた。
 二人のその笑顔は、まるで長い間掛けて積もった雪を溶かしてみせるような、暖かな、春の日差しのような笑顔だった。

作品名:ちいさなカレーライス 作家名:おとり