憧れと理解の関係について
なんの前触れもなく銀さんがゆっくりと呟いた言葉は静かな部屋に妙な余韻を残してから消えた。僕は驚いた。うっかりお通ちゃんのインタビュー記事から目を離してしまうくらい驚いた。視線をやった先で銀さんが、ギイと椅子を鳴らしてこっちを見た。
「……っていう台詞が漫画に出てきたんだけどどう思う?」
なんだか体から力が抜けて、すぐに返答できなかった。とりあえず僕は雑誌を手放し、今の脱力が呆れよりむしろ安心によるものだったことを思い、そんな自分に呆れてから、
「僕に憧れられてるアンタはどう思うんですか」
と問い返した。返されるのは予想外だったのか、銀さんは「んー?」と唸った。ジャンプを放り出した手を顎に持っていき、考えるポーズ。理解と憧れ。確かにそうかもしれない。僕の憧れは理解を妨げているかもしれない。そう思っただけで、それ以上の感想は僕の中から湧いてこなかった。なんでだろう。諦めているのだろうか。まさか。諦めたくはない。今までずっと諦めずここにいたんだから、これからだって僕はこの人を、
「つーかお前マジで俺に憧れてたの?」
予想してなかった言葉が真剣に考える僕の集中を見事にぶった切った。座ってたからよかったものの、立っていたらきっと酷かった。ギャグ漫画のようにこけていたに違いない。
「え……知らなかったんスか?」
「え、うそ、マジでか!」
「あんたいったいどんな理由で僕がこんな給料もろくに貰えないとこ通ってたと思ってたの!?」
自分の台詞が僕の憧れとやらの本気度を何よりも物語っている。泣きたい。
「だっておめー全然俺のこと敬ってないじゃんか。態度で示せよそういうことは!」
「充分示してるつもりなんですけど。つーか恥ずかしいですよこの話題。もうやめましょうよ……」
「いやいや俺的にはもっとはっきりさせときたいんだけど………」
語尾が小さく伸びて、消えた。居たたまれなくて逸らしてた目を戻したら、銀さんが冷静な顔になっていた。
「うわ、ホントだ、これ、マジ恥ずかしいわ。憧れてるだ憧れられてるだ、なに言っちゃってんの、俺らバカじゃないの…」
そして冷静な顔は赤く染まりきる前にデスクへと沈んで、天パの影に隠れた。
「だから言ったじゃないですか。マダオめ」
僕はため息を吐く。不毛だ。っていうかなんの話してたんだっけ。
「そうだよなァ俺ってさァマダオなんだよな」
銀さんの声が耳元で発生したもんだから僕は「うわっ」と声を上げて驚いてしまった。しかもなぜかがっちりと頭を掴まれていて、振り向くことができない。
「銀さん、なにやってんの?」
「や、だからさ、俺ってダメな大人じゃん」
「はぁ」
「でもお前は俺のことダメだなんだと言いながらあこが……慕ってくれてるわけでしょ?」
言い直すのはいいけどその言葉の選択はどうなんだ。余計に恥ずかしいわ!
「……それってある種の理解なんじゃねーのかな」
「……え?」
羞恥心も何も消えて現れた空白にその言葉が響いた。僕がそれについて自分で考えて答えを出す前に銀さんが早口で解答を述べてしまった。
「だからつまりパッと見ダメな俺にお前がついてくんのはお前が俺のダメじゃねーとこをわかってくれてるとゆーことで……あー俺なにいってんだろ自分で……もういいや、結論!」
銀さんの手が僕の髪をぐしゃぐしゃとかき回してから強い力で突き放した。
「憧れが理解から最も遠いとは限らない。以上! この話題終了!」
作品名:憧れと理解の関係について 作家名:綵花