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たなごころ

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歳食ったなー、と最近ライブの後いつも思ってる気がする。バンテリンはそろそろ無くなりそうでまた買ってこないといけない。
たかが学生のおままごとでもまだ天体観測よりは一般の若者に受け入れてもらえる趣味、バンド活動。練習はめんどくさいけどなんだかんだで結構、楽しい。
大学にはなんとなく行きたくなくて雑誌をぱらぱらめくってたら見つけた音楽関連の専門学校は甘くないけれど(主に学費が)多分それなりにうまくやれてる。
バンドも出来たし、何と言っても彼女も出来た。
ロックだポップスだブルースだとかそういう以前にまずギターとベースの違いも分かっていないような子だけど、某私立の進学校に通う二つ年下の美人女子高生こと蒼井硝子さんは、とにかく可愛くて綺麗で可愛くて可愛かった。可愛いか綺麗かどっちかにしろよ、と言われ「普段は綺麗で笑うと可愛い」と返しバンドの面子をドン引きさせたのも記憶に新しい。
彼女は春休みからガンガンつっこまれてる模試の山を掻い潜り、つい昨日行われた俺達のライブに初めてやってきてしょーもない歌詞とありがちなメロディの歌を聴き、更に筋肉痛で動けないカッコ悪いバンドマンのためにご飯買ってきてくれた。なんとも情けなく、かつ有り難い話。
ファミマ398円の焼きそばでも可愛い子が心を込めてチンしてくれたらそれはもう素晴らしいご馳走だ。
ビニールをハサミで切りながら(たったこれだけの物も彼女はちぎれない。深爪が酷いからだ。その原因である爪を噛む癖が俺はあんまり好きじゃない)筋肉痛が今日来てよかったねと笑う。「全くだよね」俺は割り箸を割りながらのんびり笑う。

そんなに大変? めっちゃ大変。動くし照明暑いし空調効いてないし機材全部運ぶし。 そうなの。 うん。 楽しい? うん。硝子さん楽しかった?つまんなくなかった? 何で? いや正直あんま見せれるもんじゃないから、ヘッタクソだったでしょ。 よかったと思う。空さんの歌好き。 あんがと。

こうもはっきり好きと言われるとこっ恥ずかしくて顔がまともに見れない。
俺は何にも言わず焼きそばをがっつく。そういえばよく親に左手は器に添えて食えと昔から延々言われてたけど、その癖は未だに直らない。油断すると俗に言う犬食いになる。


「いっ、だあ!?」


確かにみっともない。直すべきだ。直すべきだった。今日、たった今までに。
机についていた手の甲には、力任せにたたき付けられたハサミが突き立っている。血はそこまで出てないけど、痛い。やばい痛い。マジで痛い。変な汗が背中からぶわっと噴き出すのが分かった。
がり、と音がする。日に焼けた畳を短すぎる爪で引っかいて、ごめんなさいと言いながら硝子さんはぽろぽろ泣く。
泣きたいのは俺の方なんだけど。言おうとして、何となく言っちゃいけないと思った。
珍しく俺の直感は当たる。
ごめんなさいともう一度言った硝子さんの目は真っ直ぐ過ぎて得体がしれなくて怖かった。

分からない。本当は、分からないの。いいとか、悪いとか。ライブが、楽しいとか、つまんないとか。大きな音がずっと鳴っててタバコ臭くて暗くて、知らない人ばっかりで、でも向こうでね、空さんがベース弾きながらニコニコして歌ってるの。チカチカしたライトの下でね、凄く楽しそうなの。やだ。そんなのや。空さんが遠い所でニコニコして私はひとりぼっちで、や。やなの。やだったの。

そっか。そっか。ごめん。凄くごめん。
痺れてきた指先に焦りながら、俺はゆっくり呟く。呟いて、右手で傍らの泣いてる女の子の頭を撫でる。
怒鳴りたいけど、泣きたいけど、そんな子を好きだと思ったのは、先に好きだと言ったのは間違いなく俺なんだ。
その時点でもう俺は逃げられるはずなんかない。
もとより逃げるわけもないけど。

今夜は出掛けよっか。 何処に? 線路沿いの河原。今日は新月だからよく見えるよ。 何が? 星。 ああ。 ね。 いいの? うん。 ほんとに? うん。

高い所から彼女に何かを届けるのはやめよう。
同じ場所から同じものを見よう。
俺達はそういう生き物でいよう。
俺は思う。
まだ目の前で立ち尽くすハサミをいつ抜くべきか途方にくれながら。
作品名:たなごころ 作家名:チハヤトキ