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寄り添う拒絶

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戦場の石田三成は返り血を避けない。

 屠った敵の数だけより深く、より濃く、全身が朱に染まりながらひと時も止まらず神速の刃を振い続ける。噴出した血を避けるための一歩を、次に敵を一閃するための一歩として使う。粘ついた液体が銀の髪を染め上げ、戦装束を穢すに任せて突き進むその姿は、敵の士気をさげるに十分な、そして時に味方すら戦慄させるほど壮絶なものだった。
 
 その姿を、徳川家康は豊臣と戦を交えるたびに目の当たりにしていた。
 だから和睦後に改めて会った時、彼の立ち姿の静謐さにひどく驚いた。家康はそれまで、己の部下たちを容赦なく切り捨てて進む姿しか見ていなかった。あまりに一心不乱に他者を駆逐していく様子に、あれははたして人の心を残しているのかと、人を根本から肯定する家康ですら疑っていたのだ。
 そして家康はすぐに、まるで鬼神のようだと思っていたこの武将に話しかけるのが日課になった。

「三成、もう飯は食ったか?」
 例えば、そう問うとしよう。彼はただでさえ鋭い目に辛辣な色を乗せてこちらを睨む。一介の兵士ならばこの視線だけで竦みあがり、脱兎のごとく逃げていくだろう。
だが、
「答えないということは食っていないのだな?それはいかんぞ!」
 さらに言い募ると、「貴様には関係ないだろう」と言いながら視線を逸らす。決して気まずそうというほどではないのだが、話を続けると己の不利だと思っていそうな姿に、家康はにかりと笑ってしまう。 
 また例えば、
「三成、昨夜は軍議のあとも残っていたのだろう。まさか夜通し起きてはいないな?」
 そう確認したとする。三成は厭そうに眉根を寄せて、「半兵衛様の策をより万全にするためだ」と答えになるような、ならないようなことを言う。
 ようは、眠っていないということだ。家康が「人は最低限の飯を食って睡眠をとらんといざという時の動きが鈍るんだぞ!」と世話焼きのような台詞を続けても、「うるさい黙れ」と不愉快げにいうだけで、家康はひそかに幼い子が後ろめたさを悪態でごまかすようだと思っていたりする。
 家康にいちいち言われることを避けたいのなら、「飯は食った」「睡眠はとった」と言えばいいだけなのだ。
 なのに三成は、一度たりともそんなささいな嘘もつかなかった。
 何度も同じ問いを受けては、何度も辟易した様子をみせて、それを避けるにはただひと言「応」を返せばいいのだということに思いも至らない。そのたびに家康は(素直なやつだ)と微笑ましくも感心している。
 家康は、人が好きだ。人と人とが触れ合い、語り合い、時にぶつかりながらも、互いの間にそこになかった「なにか」を作り出していく。そのさまを見ていると、この戦乱の世に人が生きている意味すらも手が届くように思える。
 そのなにかを絆、という言葉で表して、家康は流転の生活の中、ずっと周りの人々と繋がり合いながら生きてきた。
 まるで人ではないように思えた、冴え冴えとした月の化身のようなあの武将もまた、人なのだ。
 そう思うと、家康はあの相手と「なにか」を作り出したくて堪らなくなった。


 だが、戦場に立つと彼はまた人ならざるものになり果てる。
 人の道に反する策に平然と首を垂れて従い、朱にまみれて天を仰ぐ。
 ぞっとした。
 共に闘うようになり、自分が相対していた時よりもよほど、背筋が凍った。
 豊臣への反抗勢力を制圧するために仕掛けた戦でのことだ。
 家康が己の持ち場を終息させて、あまりに気がかりで駆けつけた彼の戦場はすでに、一面に赤と臓腑と屍が広がる静かな虐殺の跡地と化していた。
 その真ん中で、彼はいっそ恍惚すら浮かべながら、天を仰いでいるのだ。
 静謐な立ち姿はどこもべったりと赤く赤く濡れ、月を浴びてぬらりと光っていた。
「……三成、」
 彼は視線を家康へ向けた。その目は静けさを取り戻しているが、この殺戮をどんな目で行ったが、家康はわが身で知っている。
「――奪う必要のない命まで、とるな。もう戦意は消えていただろう。残りは捕虜とすれば十分に、」
「うるさい。黙れ、家康」
 日常では幼子のようだった言葉が、戦場では空気まで冷えさせる拒絶と断罪を露わにする。
「奴らは秀吉様の敵。生かして何の意味がある。秀吉様の敵にもとより生きる権利などあるものか」
 仰いだ天の先に在るのは、ただひとりの彼の神。
「三成、お前は、」
 息をする者はすべて殲滅され尽くしたその場所で、家康は思わず問いただした。
「お前は人間だろう?」
 三成はその問いに、是とも否とも答えずに踵を返した。答えることすら下らないと、仕草と表情が語っていた。その背へ向けて、家康は血を吐くように続ける。
「お前の感情はどこにある?秀吉公のものではない、お前の、お前自身の喜びは?怒りは、哀しみは、何かを楽しいと思うことは?お前の人の心は、これを見てなぜ何も揺らがないんだ!?」
 視界に広がる死屍累々たる惨状を指し、家康は叫ぶように問う。
 
 そして偽りのない彼は、振り返らないまま謳いあげた。
「私の喜びは秀吉様の天下を近づけること、私の怒りは秀吉様に抗う愚かな輩への刃となる、私の哀しみは秀吉様のご期待に添えぬ無様な戦を晒すこと、私の楽しみは―――」
 三成は、飽いたという顔で家康を振り返る。
「何度も言わせるな。
 秀吉様の敵を殲滅することだ」

 似たような問答を何度も繰り返し、家康はそのたびに、いっそ、と思う。
 嘘でもいい。
 本当はくるしいのだと、ひと言でも言ってくれれば家康は、それを信じてしまえるかもしれないのに。

作品名:寄り添う拒絶 作家名:karo