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真実は未だすこし手に余る

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 いつも、きれいな音が聞こえていた。時に弱々しくはなることもあったが、どんな騒音の中にあっても決して止むことはなく、それは、この身体のなかを流れつづけていた。
 何かに喩えることはできなかった。耳で聞いたどんな音にも、それは似ていなかった。誰かの声や、うたや、衣擦れ、動物の鳴く声、足音、風が揺らした何か、楽器が鳴って、水が動く……そんな音たちの、どれにも似ていない。それならと言葉にしようとしても、言葉の方が逃げてしまった。
 とても、とてもきれいな音だった。いや、しかし、もしかしたら、音でさえないのかもしれない、と思うこともある。音よりも掴み難い、空気のようなもの。眠りにつくとき、瞼を下ろしたとき、闇の中で、それは一層きれいに響く。この身体のなかをそれは穏やかに流れ、そんな時、とても……。
(とても――――、何、だろう、)
 それに続く言葉が、何かがそこにある気がするけれど、どうしても分からないし、続けることができない。
 だからいつも、何度も自問しながら沖田は眠りにおちた。その、とてもきれいなものを聞いて。


 うわっちょっおどかさないでくださいよ沖田隊長、なんでこんなところで寝てるんですか、ちゃんと部屋なら部屋、廊下なら廊下ってしてくださいよ、踏まれますよ、蹴られますよ! えっていうか何ですかこの薄着。風邪! 絶対コレ風邪引きますって!
「…………うるせィ」
 立て板に水の調子で捲し立てる聞き慣れた声に、沖田は緩慢な動作でアイマスクをずり下げた。普段はこれほどしゃべらないので、よほど自分が何か驚かせたのか(彼は不測の事態に口数が増える傾向にある)。とりあえず、いきなり視界を真っ白にさせずにすむ、屯所内の薄暗さに沖田は感謝した。頭の横から足元へ、彼が移動するのを、軽い足音と床の軋みで感じ、それから程なくして仰向けの自分が、両足首を持たれ、ずずりと引き摺られるのが分かった。
 目が覚めたのは、声のせいと、それから、足音のせい。よっこいせ、と、妙に年寄りくさい掛け声がおかしい、何でこんなにこいつの手は温かいのだろう、そういえばすこし寒いなァ……ぼんやりと、思考が浮き沈みする。
 天上板に、節穴と、人の顔に似た木目を見つけたところでやっとちゃんと目が覚める。身体をわずかに捻るようにして頭を持ち上げ、沖田は自分の足首を捕まえている人物を映した。
 目が、合う。
「あっ、ちょっと首そのまま上げててください」
 桟が、と言う山崎に大人しく従って、部屋の中まで引き摺られた。足首から手が離されたのを感じ、つめたい畳の上で身体を起こす。どうやら、肩辺りまでを廊下に出して眠っていたらしかった。アイマスクを首まで落としながら、顔を顰めて欠伸する。
 と、山崎が傍へ寄って来て、膝を折り、沖田の頭を撫で付けはじめた。引き摺られたせいでくしゃくしゃになってしまったのだろう。
「まったく、寝るなら部屋の中にしてくださいよ。もうちょっと何か着るとか」
 横になったときは部屋の中だった、なんていうのは言わない方がよさそうだった。きちんと目が覚めてみると、確かにいつもよりも強い寒さを感じたから尚更だ。
「……雪でも降ってんのかィ」
 この冬一番の、と何度もくりかえすお天気お姉さんの声を想像しながら言ってみると、
「そうですよ。非番だっていうのに雪かきしてきたところです、俺は」
 遠回しの厭味とすこし睨むような山崎の視線が返ってきた。無視して、幾分かわざとらしく欠伸する。沖田も山崎も、今日は非番なのだった。同じ身の上の沖田が呑気に寝ていたことに、山崎は今更腹を立てているらしい。しかし、それでも沖田の身体を気遣う言葉をかけ、髪を直す山崎を、沖田はおかしく思う。こういうのを、人が好い、と言うのだろう。なるほど、屯所内の雑用が山崎へ押し寄せるわけである。
 黙って髪を触らせていると、寄せられた山崎の身体から、外の匂いがした。ひんやりと、どこか咽喉に引っかかるような透明の匂い――いつも聞く、あのきれいな音とすこし似ていた。


 ほんとうに、きれいな音なのだ。何にも似ていない、ただひとつだけの音。それを聞いていれば、よく眠れたし、身体もよく動いた。ずっとそれだけを聞いていれば、たくさんのことが上手くいくような気がして、それだけを持っていれば、安心。そこで完結してしまう。今も、弱く聞こえている。……弱く。
 そしてそれを意識したとき、かならず自分は感じる。――――とても、

(とても、さびしい?)

「お茶でも淹れますか?」
 山崎が立ち上がる。沖田がうんともいやとも言わないうちに、ぴっちり戸を閉めて、部屋を出ていってしまっていた。ぽつんとひとり、取り残される。弱まっていた音が、戻ってきた。
 山崎が傍にいると、音が弱くなる。山崎が喋ると、もうほとんど聞こえないくらいにちいさくなる。
 きれいな音なのだ、ほんとうに。けれど――――。
 沖田は、はやく山崎が戻らないかと考えた。