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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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深更

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 ぽかり、と目を開けている自分に、ふと、気づいた。白い霧の中に浮かぶような意識の中、どことはなく感じる違和感に、二、三度目を瞬いて、ぼんやりと考える。


 ここは、何だろう。


 目に入るのは、薄闇。天井だ、と、頭のどこかで思う。しんと静まった、恐らくは──深更。自分の呼吸音と、遠く小さい、自動車のエンジン音だけが聞こえて、少なくとも、今こうやって見ているのは現実の時間なのだ、と教えてくれる。

 見えているのが天井だ、と思って、それから、ああ、自分は今、寝ていたのだな、と考えた。

 肌に馴染む、自分の体温がうつった蒲団の感触。何が原因なのかは知らない、というかどうでもいいが、どうやら、中途半端な時間に目を覚ましてしまったらしいと、ようやく状況を把握する。

 部屋の暗さは、考えるまでもなく、まだ起床時間には遠いことを示している。もう一度ゆっくり寝直そうと体の向きを変えて、さっき感じた、落ち着かない気分を思い出した。


 ここは、自分の家の、自分の部屋。ちょうど良い温度の蒲団にくるまって、時間的にも、何の問題もなく寝ていられる。


 にも関わらず、覚える違和感。


 暗がりの中でも、どこに何があるのか分かるほどに見慣れた部屋。夜中の静寂さえ、慣れたはずのものなのに。

 頬を押し付けた枕から、自分の匂いがする。




(ああ、──の匂いがしない)



 頭の中で、誰かが言った。



──開けた窓からは、時おり、良い風が入る。

──グラウンドの、土や緑の匂い。

──たいてい、部屋の中を漂っている、お茶や何かの匂い。

──それらすべてを包み込むような、やさしくも刺激的な、薬品の匂い。



(──が、聞こえない)



 車通りの音も絶えた、深夜。



──何をしているのか、ガラス器具の触れ合う高い音。

──薬缶から湯気が噴き出す耳障りな音、その度慌てて立ち上がる、椅子の音。

──カリカリと何かを書き留める、ペンの音。

──誰かが(つまり、自分の友人たちが)入ってきて、それに応える声。

──そして、寝たふりをする自分をそっとうかがう、カーテンを少しだけ引く音。



(そうか。──が、いないのか)




 自分の匂いしかしない枕に嫌気が差して、ごろりとまた天井を向き、両腕で目を覆う。今は、よそよそしくも見慣れた部屋の何もかも、見たくなかった。


 自分はバカだ、と思う。

 どうして、違和感など覚えてしまったのだろう。どうして、そんなもの放って、さっさと寝入ってしまわなかったのだろう。



(考えさえしなければ、気がつかなくて済んだのに)



 ここは、学校の保健室じゃ、ない。

 ここには、自分しか──いないのだ。


 色の落ちた髪と、やさしく細められた三白眼を思い出す。



「……クソっ」



 毒づいても、誰も応えない。居心地の悪い部屋に、ただ、声だけが響いて消える。


 たまらなくなって起き上がり、明かりもつけずに窓を開け放つ。吹き込む風が自分の匂いを散らして、少しだけ気分が晴れた。

 どこか遠くを走る車のエンジン音と、ヘッドライト。その遠慮するような音と光に、まだまだ、夜が深いのだな、と考える。

 朝まで何時間もあるけれど、もういっそこのまま起きていよう、と思った。


 そうすれば、朝にはきっと、眠くてたまらなくなるだろう。目の下にはクマもできているかもしれない。

 そんな様子で保健室に行けば、きっと、ゆっくりと眠らせてもらえるに違いない。



「それとも、また、子守唄でも歌われっかな……」



 それより、血相変えてベッドに放り込まれるのが先だろうか。考えるだけで、唇が緩む。

 どちらでもいい。あそこで、自分と誰かの匂いのする場所にいられるなら、どちらでもかまわない。



「なあ……先生」



 ぽかりと、まだ高いところに浮かんだ月。

 朝まで遠いな、と。そう思った。

作品名:深更 作家名:物体もじ。