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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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柔らかなこの世界に[リン=××]

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 小さな世界だ、と思う。










 昔、実験が行われたことがある。


 内部の様子がわかるよう、カメラの取り付けられた、小さなコンクリートの箱。

 立方体の形をしたそれは、一辺が30cmほどだったろうか。片手でも持てそうなものだった。


 その中にカメラと光源だけを設置し、そして、眠らせた小さなディクを入れて、蓋をする。


 実験室のモニターの中で、やがてディクは目を覚ます。

 その目に映るのは小さな灰色の世界。

 目に見えないほどの空気穴だけを残して密閉された、無機質な囲い。


 それを、ずっと見ている、ただそれだけの簡単な実験だった。



 結論から言えば、ディクはすぐに死んでしまった。

 餓死でも、もちろん窒息死でも、ない。


 狂うのだ。


 目覚めてしばし、戸惑ったように箱の中を見回していたディクは、やがてそこが閉じられた世界だと気づくと、聞いたこともないような声で鳴き叫び始めた。

 それでも変化のない世界を知ったディクがどうするかと言えば、ある瞬間から唐突に、灰色の壁に体当たりをし出す。


 最初は、冷たく硬いコンクリートに痛手を受け、しばらくはそれに反省したようにうずくまっているが、やがて、もう一度、試みる。

 二度目、三度目、四度目、と。

 何度も何度も、ディクは同じことを繰り返す。

 繰り返すたび、痛みにうずくまる時間が短くなり、終(しま)いには、止まることすらなくなって。


 そして、死ぬのだ。

 小さな灰色の壁を、ぶつかった数だけ血で汚し、その下で、生きる痛みに耐え切れなくなったようにうずくまって、死ぬ。

 一日と持たなかった。



 狂ったのだ、と結論付けられた。

 あまりにも小さく無機質な世界に一匹だけ閉じ込められたディクは、狂い、自分をか、それとも世界をか、壊そうとしたのだということになった。










 知らなければよかった、と思った。

 小さな世界に閉じ込められれば狂ってしまうなど、知らなければよかった。

 けれど知ってしまえば、耐え切れなくなる。

 知ってしまえば、自分は、もしかしたら世界は、



 狂うのだ。



 小さな世界だと、リン=××は思う。

 大深度地下都市。

 空を失った人類の、1000年の棲み処だ。

 深く深く掘られた世界は、それなりには広く見えるけれど、実際には、とてもとても小さい。


 D値という名の灰色の壁が、狭めている。


 上層区であれ下層区であれ、最下層区であれ。一度仕分けられれば。ほとんどの人間は、そこ以外へ行くことは、ない。

 上から下まで、そのすべてが自分の生きる場所だ、などと、思うことは出来ないのだ。


 そうして区切られた世界は、とても、小さい。


 狂ってしまう。もしかしたら、もう狂っている。

 そう、リンが思ってしまうほどに。


 だから、壊さなければならない。世界を狭めるD値(灰色の壁)を、取り崩さねばならないと、そう決めた。


 ―――けれど。


 小さな箱に閉じ込められた、小さなディク。

 それと同じように狂ったのは、自分ではなく、目の前にいるこの少年だったのではないかと、今、リンは思う。


 紺色の髪と、同じ色の瞳。

 真っ直ぐに人を見るそれは、機械に濾過された水よりも澄んでいるように見えて、実は、果てもないほど、狂いきってしまっているのではないかと。


 地下世界の警邏組織(レンジャー)の一員、この世界を守るべき人間であるはずの少年は、世界の歪みの一端に触れるや、躊躇いもせずに、選択した。


 この世界を、開くことを。


 重く閉じられた蓋を、開くと言ったのだ。



 リンは、思う。

 灰色の壁にぶつかり続けたあの小さなディクは、一体何をしようとしていたのだろうかと。


 壁を壊そうとしていたのか。

 自分を壊そうとしていたのか。

 世界を壊そうとしていたのか。


 ひとつめであれば、それは、リン自身と同じだ。

 リンは、この世界を縦横に分断する、意味のない壁を取り払ってしまいたかった。そのことで、少しでも―――狂う必要がない程度には、世界を広くしたかった。


 ふたつめを採る人間は、地下世界では珍しくもない。

 自らの低いD値(可能性)に絶望して命を絶つ人間は、一秒ごととは言わずとも、一日に一人ほどは確実にいるだろう。


 そしてみっつめ。これを選択したのが、レンジャーの少年。

 リュウ=1/8192だ。


 偶然出逢ったバイオ公社の実験体、ニーナという少女がこの世界では生きられないと知るや、彼は寸刻の迷いもなく、断じた。



 この世界は、要らないと。



 空を開き、その世界を少女に捧げると誓ったのだ。


 これを狂っていると言わずして、どうしよう。 リンさえも届かない場所で、少年は狂いきってしまっている。



 ごく簡単な実験は、最後に、ごく簡単なレポートにまとめられた。その詳細を、今でもリンははっきりと思い出せる。


 小さく

 無機質な

 小さい世界に

 一匹で閉じ込められた


 ディクは、狂うのだと。


 詳細に思い出せるからこそ、リンは、疑問と怖気を感じながら、目の前の少年を見る。


 少しばかりの痛みと悩みを抱え込みながら、それでも少女のため、屈託なげな笑顔を浮かべて見せる少年。

 少女の手をけして話さず、決意の宿る眼差しで真っ直ぐに前だけを見据える少年。


 ぶるりと、リンは身を震わせる。

 解らない。理解できないことが、恐怖と混乱を呼び寄せる。


 握る手と手、確かに伝え合っているだろう少年と少女の体温。





 なのに何故、あの少年は、まるで世界にたった一匹で残されたディクのように、狂ってしまえるのだろう。





 そして。


 どうして、リンは、彼―――リュウ=1/8192から、それでも、目を離すことが出来ないのだろうか、と。





 それとも。とっくに理解出来ているからこそ、恐怖するのだろうか。