Fear/Relief
時々、不安に駆られることがある。
それは大抵、一日を楽しく過ごし、快い疲れをもってベッドに入り込んだ後、眠りに身を任せる寸前。
睡眠中にこの一日に得た情報を整理しようと準備に入った脳細胞は、雑多な事実や感情、それらを取り分ける前に、その中から「処理済み」もしくは「処理待ち」にするにはまだまだ形を持たないこの考えを、思い出したように手にとってみる。
どうせすぐに眠りに落ちて、起きた後にはすべてを忘れてしまっているのに。
あるいは、だから、かもしれないけれど。そのほうがきっと、正しいのだろうけれど。
もうひとつ、同じ気持ちを抱える場面がある。それは大概危機に瀕しているときで、その緊張と約束された安堵に、同じく、あっという間に忘れてしまう。
そんなことはひどく瑣末な、どうでも良いことのように思えて、大事なものはこの目の前にあると、思ってしまうから。
だけれど、いつか、きちんと処理しなければならないかもしれない、という不安がある。
その不安が、形を成さない不安に絡み付いて、覆い被さって、結ばれていく。形を模してゆく。
シュウトは、だから、変わらず眠る前に、考える。
今日も、キャプテンは自分を守ってくれた。いつもと同じように、自分を守り、ネオトピアを守ってくれた。
きっと、自分がいなければ、彼はもっと自由に、効率的に戦えるだろうに、けして、彼はそうしない。
(僕らは友達だ。仲間なんだ)
ぎゅうっと、シュウトは固くまぶたを閉じる。そのせいでますます目が冴えた。
今のところ、シュウトがいなければソウルドライブは発動しない。シュウトはガンダムフォースの特別隊員であり、弱点でもあり、同時に、唯一無二の切り札だ。欠くべからざるパーツ。
だからこそ、市長も、長官も、他の皆も、シュウトが彼らと共にあることを認めてくれている。
何より、友達なのだ。キャプテンは、かけがえのない親友だ。
いつだって傍にいたいし、彼が戦っているのに別の場所で安穏としているなんて、できるはずがない、どの道守られるのは同じだとしても。彼らと一緒にいれば、何かしら、助けることだってできる。
(キャプテン……だけど、ねえ、キャプテン)
SDG。来たるべき侵略に備えて組織された、防衛機関。
開発。カオ・リン主任たち、ガンイーグル、ガンダイバーズ。ネオトピアを守る為に創られた、スペシャルナンバーズ。
キャプテンガンダム。ソウルドライブ所持者。SDGの擁する戦闘部隊を束ねるべき、特別な機体。
インプット。任務、守護対象、正義感、優先順位、対人オプション。
(僕は……)
だめだ。これ以上、考えない。考えてはいけない。眠りは、ぬるま湯の如き、冷え切ってしまうような忘却はまだか。考えてはいけない。考えるべきじゃないのだ。
(僕は……友達……)
いつだって、キャプテンはシュウトを守ってくれる。シュウトを守って、任務も果たす。誇るべき最高の友達だ。どんなに困難であっても、キャプテンはどちらも諦めない。
すべてを守ってみせる。
ソウルドライブの輝きと共に。
(キャプテン)
それでも、とシュウトは思考を麻痺させる。自分の中の至上命令、親友への絶対的好意をもって、他のすべてをねじ伏せる。
それでいい。それでいいんだ。それでいいじゃないか。もう、眠ってしまおう。あやふやな、形にできないままの不安に、戻してしまおう。形を持たせるな。形を見るな。
痺れる脳が、それとよく似た眠りをゆっくり、ゆっくりと引き寄せる。もう大丈夫だ。約束された、絶対の安心。
そろそろと静かに、けれど強引に、シュウトは思考を明け渡す。そう、キャプテンへの絶対の信頼だけを残して。
彼はいつでも、シュウトを守ってくれる。例え、そのために、任務達成に遠回りをすることになっても。すべてを覆し、撥ね返す切り札たるソウルドライブこそが、最善の成果をもたらすのだから。
すべては正義感と友情という名の優しき計算のもとに。
だから、シュウトは。ソウルドライブ発動の鍵、欠くべからざる最後のパーツたる少年は、何より見たくない形をした不安を、自分の中の何よりも大きい感情に押し隠し、溶かし、分解する。そして、ほんのわずか、眠るときに、考える。
起きたときには、すべて忘れているために。
作品名:Fear/Relief 作家名:物体もじ。