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抱きつぶした亡骸の色、アッシュグレイ

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甲板へ続く扉を押し開くと、冷えた空気が身体をすり抜けていった。
薄いシャツ一枚では些か心許なかったかと腕を擦り、船内に戻ろうかと脳裏を過った思惑は、視界に映った後姿に一瞬で霧散する。
そちらへ足を向け、完全に船内から出てしまうと、今度は身体中が冷気に包まれた。かちりと歯を鳴らし、マルコはだが躊躇わず歩く。
近寄る足音に気付いたのか、大きな酒壺を一人で傾ける敬愛して止まない男は、首を捻るようにしてマルコを振り返った。
「オヤジ、身体に悪いよい」
もっともらしく眉を寄せたマルコに、予測していたと言わんばかりに白ひげは特徴的な笑い声を上げた。
「お前が言えたなりかマルコ」
「俺は戻ろうと思ったよい。なのにこの寒空にそんな格好で、暢気に酒なんか飲んでるあんたを見つけちまったんでね、風邪引きてェのかい全く」
俺が薄着でここに居るのはオヤジの所為だよい、とマルコは付け加える。
「言いやがるぜ」
グララララ。
可笑しそうに笑う白ひげの声が大気を震わせるようだ。マルコはそう思い、重苦しい灰色に埋め尽くされた空を仰ぐ。
犇く曇天はマルコの喉元をその吐息でひんやりと撫でていく。きんと耳鳴りがした。思わず首を竦めたマルコを見下ろし、白ひげはやれやれと一旦手にしていた酒壺を傍らへ置く。
寒がりの息子は親を窘めるために此処にいるという。
「なら、そんな馬鹿息子を温めてやるのァ、親の務めってもんだな」
「は?」
怪訝そうに見上げたマルコを事も無げに抱え上げ、白ひげはその膝上にマルコを座らせた。
マルコはぱちぱちと瞬き、そして呆れ返った。
「オヤジ…」
「グラララララ!」
再び酒壺を手にした白ひげはしてやったりと上機嫌でそれを傾け、そしてふと上空を見上げた。ひんやりとした感触が頬に触れ、マルコも倣って上空を見上げると、ひらひらと白いものが舞っていた。
肩に触れていた白ひげの手の平が促すようにマルコの身体を懐へ抱き込む。
ふるりと震えたのは寒さ故か、それとも抱いた想い故なのか。
マルコの内心を嘲るかのように、軽やかに舞う白雪は大気中に嵩んでいく。
「寒いか?マルコ」
「…寒くねェよい」
そうか。白ひげは呟き、それきりどちらも口を噤んだ。
素直に白ひげに身を委ねたマルコの肌には、薄い布越しにその体温が伝わる。鼓動も。
時折思い出したようにマルコを襲う途方もない感情の揺れが、今またマルコから平素の静寂を奪おうとしている。込み上げるものがマルコの喉元辺りに蟠って気息を妨げる。
歪む顔を背けると大きな手の平がマルコの背を支えた。温もりが伝わる。ざわりと騒ぐ心から目を逸らし、マルコは白ひげの膝の上で透徹と波を打つ海面を見た。
海上を吹き抜ける潮風が肌を舐め、心臓にも触れていく。
今日はやたらと心が震える。身体の内側にしんしんと絶えず降り積もる純然たる愛情の破片が、あくまで静かにマルコの心を軋ませている。
冬島の気候海域に有るまじき薄っぺらな出で立ちなのは、どちらも先刻承知のことだ。
白ひげが居なければ、マルコはあのまま船内へ引き返していただろう。
マルコが居なければ、白ひげはもっと早く船内へ戻っていたかもしれない。
常は表面化することのない、深層に沈ませた想いがせり上がって、それにマルコが耐えられず自室を出たのが偶然なら、甲板に寒空のもと杯を重ねる白ひげが居たのも偶然なのだろう。
だから、震えずにはいられない。
白ひげの手の平は、ゆったりとマルコの背を上下している。
感慨深く白ひげは溜息をついた。
「お前は、変わらねェなァマルコ」
「オヤジも変わんねェよい」
叶えようと思うこともままならないこの感情を抱いたときから、すでに幾らも経っている。表情を取り繕うことはとうの昔に身に付いてしまった。
騒ぐ心を顔の薄皮一枚の裏にぺろりと飲み込んでしまえば、クルー達は誰一人としてそれに気付かずにいてくれる。
―それが白ひげに通じているとは、思わなかったけれど。
だがそのことについて、マルコはこれまで白ひげに何か言及されたことはない。安堵とも寂寥ともとれる何れかの感情が掠めていくのは、きっと思い上がったことなのだろう。
マルコと同じ方向に視線をやり、白ひげは両目を眇める。
白ひげが一体どんな思案を巡らせているのか、この時ばかりはマルコは窺い知ることができない。そういう時、気紛れに落とされる呼気でさえ、マルコには憂愁の種となった。
舞い続ける白雪はモビーの至る所を純白で覆ってゆく。
白ひげの声は舞う細やかな結晶と同じ速度で、マルコの元へと落ちて来た。
「何か、欲しいモンはねえのか」
白ひげの遠くへ捕らわれていた双眸が海の様相を呈してマルコを映す。寒さにではなく、吐息が震えた。
稀に見計らうようにして与えられるこの類の問いは、やはりマルコの心を軋ませる。
俯くことはせず、マルコはその眼差しを見返さねばならない。
「十分、与えられてるよい」
これ以上は何もいらねェよいと言うマルコをじっと見下ろし、結局白ひげは何も言わなかった。

しんしんと、雪は降り続いている。