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「何かが起こりそうな夜は祈りを捧げて目を閉じなよ」(2)

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「わりい三郎、辞書貸して!」
 目の前の席から小声で必死の形相で頼み事をする友人は、普段から人好きする屈託のない笑顔を惜しみなく振りまく。無自覚でだ。そんなことをして何の得になるんだか、と出会った頃にはよく考えた。そして友人5年目の今の結論はこうだ、彼には損得勘定のその字もなく、笑いたいから笑うだけなのである、と。
 仕方ないと口では言いつつ、特に躊躇いもなく電子辞書を手渡すと、彼は少しだけ心苦しそうな笑顔で礼を言い、慌ててカタカタと文字を打ち込み始めた。三郎はそれをいつものことのように眺めていた。そうこうしているうちに教師が竹谷! と彼の苗字を呼んだ。一瞬ビクリと動揺したのち、立ち上がって彼は教師の指示に対する答えを述べた。
「『尋ねなさい、そうすれば』……『それはあなたに与えられるであろう』?」
 教師はうーむ、と首を傾げた。
「少し惜しいな。主節と副詞節の繋ぎはあってたぞ。まあこれは意訳だし、有名な言葉だから、訳まんま覚えとく方が早いかもな。ほら訳言うぞー、写しとけー」
 ならなんで問題にした、と一瞬だけ考えたが、特殊な文法の参考にしたかった教師の意図が分からないわけではなかったので、三郎はそれ以上気に掛けないまま、無心で訳をノートに写した。それよりも、英語が苦手で嫌いな八左ヱ門が問題に対してちゃんと自分で答えを出せたことの方が大事のように思えたのだ。まあ、今回は兵助に写させてもらう時間がなかっただけだろうが(いつもは写させてもらった兵助の模範的な訳を言って教師に訝られるか、寝ている)。
 と、そんなことを口に出して言えば、また彼は笑って「俺だってやるときゃやるんだぜ!」と言い出すのだろうが。言うであろうことの少しくらい分かる。そんな調子の良さだって自分は嫌いではないことも、三郎は分かっていた。
 そんなふうにして結局、互いのことを外の誰よりよく分かっている。もしかしたら当の本人よりもだ。
 血の繋がった家族のように、と言えば近過ぎるにせよ、気安い友人のように、と言えば少し遠過ぎるくらいの存在。行動するなら大抵5人で、それに大した理由はなかった。強いて言うなら、似たような表現だが、気の置けない心地がしたから。たまたま同じ中学に入って、あれはいつだったか、気付けば意気投合して、クラスも多少違うのに、何かと一緒にいる。中高一貫だったお陰で高校も変わらず集まり続けて、今年で5年目だ。

「本当に君たちは仲が良いね。まるで、前世もそうしていたみたいだ」

 いつだったか、あれはそうだ、上級生との喧嘩で傷を作ったとき、手当てしてくれた知り合いの人当たりの良い先輩に、そう言われたことがあった。
 その時は、何故だか先輩があまりにも尊いものを見るかのような慈悲の眼差しをたたえていたから、それが三郎には妙に気に食わなくて、前世から仲が良かったとしてそれが今仲の良いことの根拠にでもなると思うのか、と内心で突っかかった覚えがあった。しかし今は違う。違う、というよりは、前世がどうであってもどうでも良い、と、思う。前世のことなど引き合いに出されたって、今この時に実感などあるはずもない。
 過去のことなどどうでもいい。今こうして生きていることに変わりはないのだと、少なくとも三郎は、本気でそう思っていたし、今でもそうだ。
 だが確かに、こうして5人でいることに、疑問(それは決して悪い意味ではなく)を感じたことがないと言えばそれは嘘だった。この5人でなくても良かったとは決して言えないし、それは言っても仕方のないことだ。
 それでも、何故この5人なのだろうか。三郎は考える。
 一番不思議なのは、雷蔵だ。
 親戚関係は知らない。元々自分には親がいなかったし、対照的に雷蔵には父親も母親もいた。家系を調べたって全く遠縁ですらないはずなのに、ただ一つ、顔が、ひどく似ていた。細かい違いはあっても、兄弟や従兄弟の肩書きで済ませられる程度には瓜二つだった。初めて会ったとき、当の雷蔵の反応はこうだった、「わあ! 顔、似てるねえ」。まあそんなこともあるよねなんて言い出しそうだったあの雷蔵の反応は、今思い出して思う、確かに驚いてはいたが、順応性が高過ぎやしなかったか。
 気味が悪かった。顔が似ていることでも雷蔵の反応でもない、それらに対し、どういうわけか、全く違和感を感じなかった自分が。初めて会ったとき、違和感どころか、安堵感のようなものを感じたことが。
 ───どうして、違和感を感じなかった自分に違和感を感じているんだっけ?
 そんな疑問を解決しようと考える矢先には、いつも多忙な内情が障害になっては、今度で良いか、と諦めてしまう。その『今度』がずっと有耶無耶に現れないまま、5年だ。考えてみたら可笑しなことだ。凄く大切なことな気がするんだ。するのに、あやふやなまま、5年も過ぎるものだろうか?
 ───これではまるで、思い出さないようにしているみたいじゃないか?
「三郎?」
 名前を呼ばれ、ふと我に返る。「もう3限終わったけど」吃驚したような顔で雷蔵が言う。気付けば、英語の授業はとうに終わって、次の4時間目までの休み時間になっていた。教室内はすっかり賑やかで、教師もいなくなっている。
 雷蔵の声に気付いたのか、八左ヱ門もまた後ろの三郎の方へ向く。
「そうだ三郎、辞書ありがとな!」
「ハチは自分の辞書を学校に置きっぱなしにしとけばいいのに」雷蔵が苦笑する。
「うおっ、その手があったか!」
 今度からそうすっかー、と笑いながら言う八左ヱ門には、自室での予習の概念なんてない(元より、あるのも怖いが)。困ったように笑った雷蔵は、手洗いに行くと言って席を外した。八左ヱ門に次の授業なんだっけ? と尋ねられ、数学だと返す。露骨に嫌な顔をした八左ヱ門だが、これは数学が嫌いだからではなく、昼飯前に数式を見るのが嫌だという単なる彼の感覚だ。三郎も腹が減っていたが、数学は好きだった。答えが一つしか存在しないというのが彼の考え方には合っていた。英語の授業ノートをしまうと、三郎は窓の外へ目をやった。
 頬杖をついて、画用紙でも貼ったみたいな窓の外の青い空と闘うこの意識は、どっちが押し潰すか、押し潰されるか、ただそれだけだ。そうこうしているうちに数秒で飽き、たまたま目に入った飛行機を今度は追う。一瞬だけぎらりと光って、すぐに視界から消える。今度はあの機体を光らせたであろう太陽を探してみる。登校中に見たときより高い位置にあるそれは、未来永劫そこにあることを確信させるような存在感を放っていた。
 いよいよ目をやる宛てもなくなったところで、声が聞こえた。
「三郎、どうした?」
 彼はそれこそ、世辞でも誇張でもなく言うが、太陽のように笑う。太陽は、見えないことはあっても、満ち欠けしない。それは至極当然のことで、そのことだって地上を不変に照らす理由の一つだとすら思える。
 月が満ち欠けする仕組みだって、分かっている。だけど、嫌だ。あれでは、まるで、何かのカウントダウンみたいだ。
「なんでもないよ」