君という花
ノルウェーが深い藍色の目を細める。きょうだいだと、言われてみれば似ている気がする。ノルウェーとアイスランド、感情を閉じこめて静かにゆらめく、澄んだ湖面のような目。関わりがなければ、なんとなく冷たい印象ばかりが残る、おっかないひとだとしか思っていなかった。話をしてみればふたりとも、感情豊かなひとたちだった。
「その節は、お世話になりました」
「俺のおせっかいは役に立ったべか」
「ええ。お陰様で、最高評価のA判定をもらいました」
「俺はなんもしてねぇ。おめががんばっだ成果だべ」
以前、自国の文化について調べる自由課題が出された時のことだった。日本は参考文献として、学校の先輩たちが提出したレポートを当たっていた。それらは書籍化され、禁帯出図書として学校図書館に納められている。
捕鯨文化、それが日本の選んだテーマだった。似たようなテーマの論文を彼は見つけた。著者はノルウェー。彼はすぐに教員に彼の所在を訪ねた。
優れた論文を残した彼、ノルウェーと出会えたことは、日本にとって有意義なものだった。課題を仕上げた後も、折りを見ては食事を共にしたり、年賀状やメールでのやりとりを続けていた。
しかし、以前彼を訪ねた時には、彼はひとりでマンション住まいだったはずだ。それに、アイスランドの兄が彼だったなんてのも初耳だ。
「それにしても、驚きました。あなたに妹さんがいらしたなんて」
「隠してたわげでもねぇ。アレと兄妹になったのは最近のことだ。おめぇと知り合った時はまだ、アレとはいとこの関係だったんでな」
「そうなんですか……」
家庭の事情とやらが垣間見えた。あいまいに相づちを打って、日本はそれ以上詮索するのをやめた。
「俺も、驚いたど」
「そうでしょうねぇ」
「いんや、おめぇとアイスのことだべ」
「はい?」
急に話題を変えられると戸惑う。特に、感情が読み取りづらいポーカーフェイスなひとだから。ノルウェーのこんなところが、日本はちょっとだけ苦手だったりする。
「あいづは、自分のことを《アイス》って呼ばせてたな」
ありゃあ驚いた、と。まったく驚いていないような顔で、ノルウェーは言う。
「ずっと、アイスランドくんと呼んでいたのですが、アイスくんにそう言われまして」
「アイスは、気易く愛称を呼ばせたがらねんだ。おめぇ、気に入られたな」
「そうなんですか?」
ふ、と日本は微笑む。
「そうだと、嬉しいのですけどね」
にやり、ノルウェーも笑う。静かに、しかし日本とは違う、どこか不穏な気配を漂わせて。
「いくらおめぇでも、アレはやらねぇ」
「は……はい?」
「だがら、手ェ出すでねえど?」
「はっはいぃ?!」
静かにすごまれているのか。兄として釘を刺されているというのか。とんでもない。冷たく整った容貌のノルウェーに冷笑を浮かべられて、日本は息をのんだ。勝てる気がしないし勝とうとも思わない。
「ちちちがちがいます!」
「冗談だべ」
飄々と、物騒な笑みをひっこめるノルウェーを、日本は恨みがましそうに睨む。
「心臓に悪い冗談はよしてください!」
「悪がった。日本、今度ウチさ来い。また、おめぇの和菓子、食いてぇ」
「あんなものでよろしければ。またお邪魔させて頂きます」
また会おうとお誘いを受けた。ついでに手みやげも無心された。以前にノルウェーは、持っていった日本手作りのわらび餅をいたく気に入った様子で食べていたから。おいしいと喜ばれるのは悪い気がしないから、日本はまた何か見つくろってこようと思う。
「今はアイスもおるから、多めにな」
「はい」
地味に慎ましやかに送ってきた日本の高校生活に、意外な彩りが増えた。
アイスランドにノルウェー。この兄妹と、もっと親しくなってみたいと日本は思う。好奇心は旺盛なくせに、引き籠り体質で引っ込み思案な彼にはめずらしい。
「それにしても、さっきのノルウェーさんは、とても冗談には見えませんでしたけどねえ」
――おっかない、おっかない。
妹はやらん、という妙齢の娘を持つ父親みたいな台詞はさておくとしても、アイスランドをかわいがっているのは本当なのだろう。
うむ、とノルウェーはおもむろにうなずき。
「他の男なら追い返してたんだが、おめは安全だがらな」
「えっ?!」
「冗談だべ」
「だから、冗談を冗談には見えない顔で言うの、やめてくださいよ!」
――このひとの、こういうところがちょっとだけ苦手なのだ。
* * *