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膝枕は男のロマンです。

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世界中探してもきっと、静雄の頭を乗せるこの柔らかさと弾力と心地よさをを兼ね備えた枕は何処にも無いと静雄は思う。
心の底から。
「静雄さん、痛くないですか?」
あどけない顔をした少女が覗き込む。
顔を固定されているので目だけ動かして、少女と視線を合わせる。
しかし、それもすぐに逸らしてしまった。
静雄は緊張のあまりからからな喉をどうにか震わせて応えた。
「・・・・だ、だいじょうぶ、だ」
最上の枕の正体は、静雄が片想いしている8つ年下の現役女子高生の太腿だった。
つまり静雄は少女―――竜ヶ峰帝人に、いわゆる膝枕なるものをしてもらい、しかも耳掻きまでされているという「え、これ何てシチュ?」な突っ込み待ちな状況に陥っていた。



事の発端はこうだ。

「耳がかいぃ・・・・」
小指を突っ込んで痒さを誤魔化す静雄を上目づかいで見上げ(身長差で必然的にそうなるのだが、その破壊力は並外れたものではない・・・と静雄は思っている)帝人は「手入れとかしてないんですか?」と聞いた。
「手入れ?」
「えーと、綿棒とかで」
「ああ、やることやるが」
「が?」
「毎回鼓膜突き刺すんだよな」
「突き刺・・・!?」
「そんで血がだらだらと」
「痛い痛い聞いてるだけで痛い!てか大丈夫なんですか耳!」
「すぐ治るし」
「鼓膜って再生するものでしたっけ?!!」
にぎゃーと自分の耳を押さえて想像する痛みに悶える帝人を、静雄は(かわいいな)と思って見ていた。てかガン見していた。
「うう、静雄さんの生活はほんとデンジャラスですね・・・」
「そうか?」
痛くねぇんだけどなぁとまた耳に指を突っ込む静雄に、帝人はむむっと眉を顰めていたが、何かをひらめいたのか顔を輝かせた。
「それじゃあ、僕が静雄さんに耳掻きします!」
「ぶはあっ」
何も口に含んでいないのに、思わず噴き出さずにはいられなかった静雄だった。

「痛かったらすぐに言ってくださいね」
「お、おう」

ちなみに場所提供は、静雄と帝人の共通の友人である妖精さんがしてくれた。
どこから聞きつけたのか、【それならうちのマンションで!】と鬼気迫る顔で(顔は無いが雰囲気で)二人を引っ張りこんだのだ。
家主も話を聞くや否や「帝人くんの(貞操の)ためにも是非ここで」と珍しく真顔で言った。帝人は「別に僕のアパートでも」と首を捻っていたが、静雄は身に覚えがありすぎて賢明にも口を閉ざした。理性的な意味で。妖精と悪友が静雄という人間を真に理解していての結果である。
【嫁入り前の娘が独り暮らしの部屋に男を連れ込んじゃ駄目だ】
「男って・・・静雄さんですよ?」
「男は皆狼なんだよ帝人くん」
【お前が言うな。だが新羅の言うとおりだぞ、帝人】
散散な言われようだが、当の静雄は口を挟めなかった。否挟ませてもらえなかった。新羅もセルティも、竜ヶ峰帝人という少女が可愛くて可愛くて仕様がないのだ。養子に迎えるタイミングを虎視眈々と狙っているのを帝人だけが知らない。
【静雄わかってるな。耳掻きだけだぞ。それ以外はご法度だ。破ったらこのデュラハンが全身全霊ついでに全力でお相手するからな】
吶々と書かれた文面が怖い。その後ろでメスを構える悪友も怖い。しかし静雄もまた神妙に頷く。自分とて帝人には嫌われたくはないのだ。柔く甘い想いを抱いた相手には絶対に。
しかし、次にやってきた試練でその決意がものすごくぐらついた。

「はい、どうぞ」

正座した帝人がぽんと叩いたのは太腿だ。・・・・・ふと、もも。

ガゴンッ!!

「ぎゃあ!静雄さん頭!てか壁に穴!」
「問題無い!」

いや、無いことは無いのだが、この場合壁に頭突きをかますことで煩悩に耐えきった静雄を褒めるべきかもしれない。現に壁に穴を開けられた家主二人がドアの隙間から、静雄の涙ぐましい努力を両手を組んで見守っていた。
「りゅりゅりゅりゅりゅ竜ヶ峰!」
「(りゅりゅりゅ?)はい?」
「べべべ別に膝枕じゃなくてもいいいいいいいんじゃないか!?」
「でもこの方がやりやすいんですよ。耳の奥まで見えるし」
「だだだだだけどなっ」
「(スクラッチ・・・)大丈夫です、慣れてますから」
「・・・・・慣れ?」
「実家では当たり前だったので。それに正臣とかにもやったことありますし」
「マジでか!?」
「評判いいんですよー」
ほえほえと笑う少女に対し、静雄は紀田正臣に殺意を抱いた。今度会った時に自販機の下敷きにしてやろう。本人の預かり知れぬところで正臣は生命の危機に陥った。
「だから静雄さんもどうぞ」
「ぐっ、」
煩悩退散×∞を唱えつつも静雄は大いに悩んだ。純然たる厚意の笑みを前に悩んだ末、静雄は金髪の頭を少女の柔い太腿に載せることを決断した。池袋最強の喧嘩人形は恋する相手には弱かったようだ。下心に負けたともいうが。



こうして静雄は男のロマンの一つである、好きな子に膝枕&耳掻きをしてもらったのだ。
(やばい・・・俺今マジで、死んでもいい)
慣れているという言葉は本当らしく、絶妙な力加減で痛くもなく擽ったくもなく、むしろ気持ち良いぐらいで、静雄の思考はどんどんと霞んできた。目がとろんとしてきた静雄に気が付いたのか、帝人は手を止めて静雄の顔を覗き込む。
「静雄さん、眠たいんですか?」
「いや、・・・」
「ふふ、いいですよ。少し眠っても、僕の膝で良ければ貸しますから」
「ん、・・・」
「――――おやすみなさい、静雄さん」
甘やかな声が落される。
(ああくそ)
堪能したいという欲もあるが、このまま心地よい眠りに浸りたい気持ちが強くて。
(・・・・幸せだ)
静雄は完全に瞼を閉じた。





起きたら少女に寿司でも奢ろう。
そして勇気があったら、この想いを伝えてみるのもいいかもしれない。
作品名:膝枕は男のロマンです。 作家名:いの