二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【影鬼】The sky that has dawned

INDEX|1ページ/1ページ|

 


 あの人が笑っていた。楽しそうに笑っていた。
 俺が見たあの人の笑顔といえば、いつも何かを含んでいる笑みぐらいだ。
 それが、今は。響木さんも驚いている様子だ。
 フィディオ達と交わした会話の後の笑顔、それで俺は気付いた。

――貴方は一歩を踏み出せたんですね。

 何故だろう。あんなにも憎むべき相手だと思っていたのに、俺は今とても晴れやかな気持ちだった。
 自然と口角が上がる。
 今なら再び呼べる気がした。

――総帥、俺も一歩踏み出してみせます。
――だから、そこで見ていてください。

 赤く燃えるマントを翻し、俺は俺の居るべきフィールドでそれを見せるために動き出す。
 今まで対峙したことのないプレイを見せるフィディオ。彼は恐らくあの人の闇を見いだし、そして、そこから救い出したのだ。
 本当ならば――いや、今は考えるべきではない。俺が今考えなくてはいけないのは、どうやってあの人が率いるチームに勝つかどうか。日の丸を背負っているこのチームが勝つ方法を見つけ出すんだ。

 今の俺には帝国学園時代とは違うチームメイトがいる。監督がいる。
 しかし、あの頃の全てを否定はしない。無駄にはしない。この場にはいない帝国学園の皆の為にも、オルフェイスのベンチに立つあの人の為にも。

――俺は、俺たちは絶対に勝つ!

***************


 夢を見た。
 鬼道家に訪れた総帥と自室で過ごす夢だ。
 俺が大切にしてきたサッカー雑誌を手に、二人で楽しげに会話している。
 戦略、練習方法、そして、今まで自分が行ってきたサッカーの試合を楽しげに話すのは総帥だ。
 笑っていた。
 目が笑みで細められているのがサングラス越しでも分かった。
「昨日のお前のプレイは良かったぞ」
「本当ですか?」
「ああ」
 優しく頭を撫でられる。恥ずかしくて顔を逸らす俺に、総帥は「顔が赤いぞ?」と、からかう口調で言った。
「総帥が子供扱いするからです」
「そうだな。お前もすっかり立派になったな」
 離れていく手が名残惜しくて、ついそれを握ってしまう。
「鬼道?」
「……俺が、立派になれたんだとしたら、それはきっと総帥のおかげです」
 目を見ては言えなかった。気恥ずかしかったからだ。
 ギュッと、握りかえされる手。
「では、私が今こうして笑っているのも鬼道のおかげだろうな」
 視線を上げられないから、総帥がどんな表情をしているのかは分からない。だが、きっと優しい表情をしているのだろうな、と、思った。

「私が、サッカーを忘れなかったのは憎しみからだけじゃない。鬼道、お前という存在が、可能性がサッカーを忘れずにいさせてくれたんだ」

「……総帥、俺にサッカーを教えてくれてありがとうございます」
 手を握る力を込める。
 今、緩めてしまえば離れて行ってしまいそうな、そんな気がしたのだ。
 やわらかい温もりが俺を包む。
「ああ、ありがとう」
 耳元で聞こえる総帥の声は本当に優しかった。
 復讐、憎悪、怒り、悲しみ――それら全てを取り払った、綺麗な声だった。
 自然と頬をつたう涙は温かく、拭う気にはなれなかった。
 涙も、総帥の温もりも、声も、全てが心地よかった。

「大好きです、総帥」

 震える声で言えば、答えるように抱き締められる力が強くなった。


 この人の罪を許そう。
 罪を償った後、この人を笑顔で迎えよう。

 そして、現実でもこうしてちゃんと自分の想いを全て伝えるんだ。

***************

 重い瞼を起こせば、目の前に見えたのは鬼道家の天井ではなかった。
 夢なのだと分かった。
 目覚めたからではない。夢の途中から気付いていた。
 だから、正確には『夢だと分かっていた』と、言うべきだろう。
 自身の体温で温かい掛け布団が、夢の中の総帥のそれと似ている気がして、頭まで被る。そうすれば、総帥に抱き締められた感触が蘇ってくる気がしたのだ。
「……総帥――」
 その言葉の続きは出てこなかった。
 まだ、一人きりでも言うべきではないということなのかもしれない。
 そうだ。初めて言葉にするのなら、やはりあの人に聞いて欲しい。
 夢ではない、現実のあの人はどのような表情をするのか、俺には分からなかった。

 だけど、願わくば笑んでくれますように。
 ガラス越しに、『鬼道』と、俺の名前を呼んでくれますように。

 早朝練習までにはまだ時間があった。
 もう少し、あの人の事を考えていたい。

――総帥、俺はどこまで貴方の望みを叶えられたでしょうか。
――フィディオのように貴方の闇と向き合うことが出来なかった俺を許してくれますか?
――俺は貴方が憎かった。俺たちを利用し、卑怯な手を使うことしか知らなかった貴方が。
――貴方を許す時間をくれなかった貴方が憎かった。

 布団の中、閉じた瞼に触れる。
 あの人がくれたゴーグルをずっと外さなかった。
 決別を決めた後もずっと。
 それは、あの人に縛られていたからじゃなかったのかもしれない。今更かもしれない。だけど、俺は思う。

 俺はあの人を『忘れたくなかった』から、ゴーグルを手放さなかったんじゃないのかと。


 数時間もすれば練習が始まる。
 では、あとどれ程の時間が経てば俺はあの人に会いに行けるのだろうか。


 空がゆっくりと白んできた。


 完