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生きてるんだから

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そいつはおかしな奴だった。
大して年の違わないくせに妙に悟りきったような顔をして、痛みとか苦しみとかを知らないような、まるで生きている感じのしないそいつを、私は最初きっと嫌っていた。


「……転んだの、まさか?」
土手に転がる少年は泥で汚れた顔を私に向けぽかんとしている。まさかというか、間違いないな。
「転んだというか……滑った?」
「それを転んだっつーのよ」
というか、私が聞いてるんだから疑問形で返すな。
全く起き上がろうとしないところを見るに、どこか怪我でもしたのだろう。
放っといてもいいのだが、人のいい私はわざわざ土手まで降りていって手を差しのべてあげる。
何をぼけっとしてんのよ、こいつは。
「え……っと」
「怪我とかしたんでしょ?ほら」
一層強く手を差し出す。彼はやっと気づいたように、自分の手と私の手を見比べた。
「怪我……してるのかな」
「はー!?知らないわよ、自分のことでしょ!」
まったく、人をおちょくってるんだろうか。
いつもは聞いてないことまでペラペラとうるさいくせに、今日に限ってなんて口の回りが遅いんだろうか。あーもうイライラする。埒の明かない押し問答にいいかげん耐えかねて、行方のない彼の腕を無理やりにつかみ引き上げる。
「ぅわっ……つぅ」
「え、何?腕が痛むの?」
つかんだ腕を見れば手の平を擦りむいていた。見ただけで私の手にも痛みが伝わってくるような、つまりはそういう程度の傷ということだ。たぶん、転んだときに手をついたんだろう。
「よくこんなのほってポケッとしてたわね……ポケモンセンター行きなさいよ。ガーゼくらいなら貰えるから……って」
つかんだ手を放してあげて、せっかく役立つアドバイスをあげたというのに、当の本人は私の話などまるで耳に入っていないかのように、不思議なものでも見る顔で自分の手を見つめている。
おい、こら。
「ちょっと、聞いてんの?」
「え?あぁ、手当……そうだね、膿んだりしたら……」
「っていうか痛いでしょ、そんなん放っといたら」
膿むとかどうとか知らないけど、それじゃ物に触れもしないじゃないか。と、私は至極当然のことを言ったつもりだったのだが、なんなんだその豆鉄砲喰らったような顔は。
「痛い……?」
ぐっと握り開いた手からは真っ赤な血が流れている。それは、心臓が動いていることの証明。
繰り返し握れないのは、彼がその痛みに耐えられないからだろう。
「痛い……」
どうして、嬉しそうなのだろう。
一体何に感動しているというのか。

だって、生きた感じがしなくても、生きてるんだから。
あなたは生きてるんだから。


「あったり前でしょ」
もう一度彼の腕をつかんで土手を登る。
まったく、見てるこっちが痛いっつーの。
作品名:生きてるんだから 作家名:三郎