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ひかりの手

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何色に染まるのか、あるいは何色にも染まらないのか。
 nが彼、アキラをトシマで見付けてから二番目に湧いた興味が、それだった。
 この街で、アキラは様々な者に出会う。そこには勿論n自身も含まれるが、誰に、何色に惹かれるのかはアキラでなければわからない。
 とあるビルから出てきたアキラを、足下に眺める。
 あるいは、この街で彼が果てる可能性はある。イグラなどというくだらない遊び事に参加するなら、死は常に背中合わせだ。アキラがどの程度の強さなのかはわからないが、だから死とは遠い選択をしてほしいと思う。
 それでもすべては――予定調和。
 イグラでアキラが命を落とすなら、そうなるように決まっていたのだから、仕方ない。
 そう思っていたのに、雨に打たれたまま地に倒れ伏したアキラと、もうひとりの男を見付けて――どうして二人ともを隠れ家に運んだのか。
「…………」
 猫が足元でにゃあと鳴く。飼っているわけではないが、この猫はたまにnの傍にやってくる。餌付けをしているわけでもない。気まぐれなのだろうと思うことにしていた。
 アキラに対しては。
 猫より関心がある。と思う。どうにも引っ掛かる相手だ。
 原因は、互いの体を流れる血のせいだとわかっている。

 血のせいだけなのか。

 疑問が浮かぶたび、過去の記憶が蘇る。
 施設の庭で、まだ少年だったアキラに出会ったこと。交わした言葉。――約束と、握手。
 大半が人間ではなくなった自分が、かろうじて覚えていること。
 血のせいだけではないとそのたびに否定し、深く息を吐く。
 人間らしい感覚はとうにほとんど失われてしまったが、この記憶だけはまだ、闇の中の一条の光のようにnの心に残っていた。
 温室から部屋へ繋がるドアへ視線をやる。気配は先程から変わらない。
 アキラはまだ目覚めない。
 早く目覚めて欲しいと思いながら、相変わらず重苦しい色の空を見上げた。



 トシマにいたあの頃も、逃亡生活を繰り広げている今も、基本的に変わっていないことはある。
 関心の第一だ。
「どうした?」
 路地の壁をアキラを抱えて上り、追っ手の死角に逃げ込んだ時にアキラが問い掛けてきた。
「何がだ」
「いや……なんでもないなら、いい」
 気になる言い方にじっとアキラを見つめれば、当惑したように視線をさ迷わせる。
「……どこか、遠くを見ているみたいだったから」
「そう、か?」
「ああ」
 遠くを見ていたわけではない。ただ、ほんの数年前のことを思い出していただけだ。
 数人の男たちの怒声、足音。
 静かだった夕闇の街を乱していたそれらの気配が遠くなったのを確認すると、nはようやく抱えていたアキラを下ろした。
 月の、冴え冴えとした蒼が、アキラを染める。
 美しいとはきっとこういうことを言うのだろう。
「……なんだよ」
 問われ、アキラの眼差しを正面から受け止める。立ち上がりながら視線は逸らさない。
「美しいな」
「何が」
「アキラ」
 途端、アキラは困惑の表情になる。
 眉間に寄った皺も、長い睫毛が目許に落とす影も、暗い色の髪も、月明かりを受けている輪郭も、アキラを構成する要素のすべてが美しい。まるで奇跡だとさえ思える。
 月の光はアキラを蒼に染める。けれどアキラは何者にも染められなかった。アキラのままだ。急激に込み上げて来る思いは、そのことが嬉しいということ。
「おい……?」
 屋根の上という不安定な場所での抱擁。驚かれるのも無理はない。
 ここでそれ以上のことをするつもりはなく、強く抱きしめた後は体を離した。
「……戻ろう」
 仮のねぐらへ。
 そうして、思うさまアキラのすべてを弄り、喰らい尽くしてしまいたい。
 nがそんなことを考えているとは露も知らず、アキラはnへ手を差し延べる。
「帰ろう」
 その手を取れること。
 それが何よりも至上の幸福なのだと、nは知っていた。
作品名:ひかりの手 作家名:おがた