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拾われたもの

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拾われたもの


 泳ぐ、泳ぐ、泳ぐ……
 ただひたすらに暗い闇の中を、光を目指して泳ぐ。
 はじめはいくつかあった光だったけど、僕が近くまで泳いできた頃には残りは一つしかなくて。そこを逃せば、「僕」が何も残らないような悪寒が微かに存在する意識に過る。
――早く、早く!
 最後の光の入り口が閉まろうとしていた。
――待って、待って!
――まだ僕が中に入っていない!
 仄かに青光る仲間たちを追い抜いて、半分以上閉まっている入り口に駆け込む。
 ……後ろで、カチンという微かな音が聞こえた。
 それと同時に、ずっと聞こえていた「待って」という仲間たちの声が聞こえなくなった。
 入り口が閉まったのだ。
 僕は間に合った。
 これで、あの暗闇に取り残されることはない。
 安心だ。

 しかし、僕は気付かなかった。
 入り口に駆け込んだとき、喪ったものに。
 二度と取り戻すことのできない、大切なものに……。
 
◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 それは、寒い夜だった。星の光が、街灯と呼ばれる人間立ちの作った光に遮られて僕には降り注がない。
 道行く人々が、僕を物珍しそうに見ては、去っていく。誰一人として、救いの手を差し出そうとはしてくれない。
 か細い声で、鳴いてみる。しかし、人の同情を得ることは出来ない。
 周りにはたくさんの人間がいるのに……。
 こいつらも、僕の飼い主だった人間と同じか。
 僕は、飼い主だった人間に捨てられた。
 元々僕の飼い主だった人間が飼っていた僕の母犬が、飼い主の友人が飼っていた雄犬との間に五犬の子犬をもうけた。それが、僕と僕の兄弟たちだった。兄たちは飼い主やその友人の知り合いに引き取られていき、旅立っていった。
しかし、僕だけは違った。
 生まれて初めて聞いた人間の声は、悲鳴と呼ばれる叫びだった。
「気持ち悪い!」
と叫ぶ飼い主。
 他の人間も、叫びこそしないものの、皆一様に僕を気味悪がった。目は見えなくても、他の兄弟に向ける目と僕に向ける目が違うのは、なんとなく雰囲気で分かってしまった。
……僕の後ろ右足が生まれつき枯れた様に異様に細く、骨の形がくっきりと見え、動かなかったからだ。
他の兄弟たちは、何の変哲も無く普通に生まれてきたのに……僕だけ、欠陥を抱えて生まれてしまった。
飼い主が連れて行ってくれた動物病院の獣医は、僕の足を診てもう治らないと言った。
飼い主たちは、僕を厄介者のように扱った。他の兄弟たちも、僕を兄弟として認めていないかのように、僕という存在を無視し続け旅立っていった。
そして、今日。僕をこの場に捨てたのだ。
生まれて間もない僕は、まだ容易に歩くことも出来なくて、この場から動けない。
「わ、なにこの犬~、超キモイんですけどぉ?」
 臭いのきつい女が、僕を抱き上げる。そして、足を見ては飼い主たちと同じ目で僕を見つめ、投げ捨てるように飼い主が用意した箱の中に僕を戻した。
「あぁ? なんだぁ、このワンコロは……け、気色わりぃ」
 色の着いた変なものを目元につけた男が、僕を抱き上げ、そして足を見て、さっきの女のように僕を投げ捨てた。
 去っていく男の背中を見ながら、僕は悲しくなってきた。
 僕が、一体何をしたというのだろう。
 ただ、生まれてきただけなのに……。
 確かに、足は動かない。それだけで人間は、僕を奇異の目で見て、気色が悪いという。キモイという。……僕を、投げ捨てる。
 先ほどまでただ暗かっただけの空が、街灯の光があるにも関わらず、より一層暗さを増してきた。そして、ポツポツと僕の目の前が水で濡れ始めた。
「げ、なんだよこの雨!」
 道行く人間が口々にその水を雨と呼ぶ。そして、持っていた荷物で頭を隠す人間や、走って雨に濡れないところに入る人間が続出だった。
 僕は、飼い主の良心からか、雨に濡れない場所に置かれていたが、この雨の影響を全く受けなかったわけではない。この雨のおかげで一気に気温が下がり、薄い布一枚箱に敷かれてあるだけの僕に、寒さが増して襲ってくる。
 もう、鳴く気力も残っていない。
 そういえば、最後にご飯を食べたのはいつだったかな? と、少し現実から目をそむけて見る。
 そんな、僕が現実逃避をしている間に、僕の隣に人間が雨に濡れないように立っていた。
「うわ~、ひっでぇ雨。……ったく、天気予報のうそつきめ」
 濡れた衣服を布で拭きながら、その人間は雨を睨む。そして、僕が現実逃避から戻ってくるのと同時くらいに、人間が僕の存在に気づいた。
「うっわ! こんなところに、何で犬が!? しかも、子犬!?」
 気づかなくてごめんな~と、なぜか僕に謝りながら人間は僕を抱き上げる。そして、先ほど自分を拭いていた布とは別の布で僕を拭こうとして、僕が濡れてないことに気づくと、
「良かったな、この雨に濡れてたら、今以上に寒かったぞ」
なんて、僕に微笑みかけた。
「お前、捨て犬? ……だよな、こんなとこで箱に入ってるんだし。全く、お前の飼い主はなんて酷い奴なんだ。こんな子犬を捨てるなんて……」
 そう言って僕を撫でるその人間の手は、とても優しかった。雨に濡れて、冷たいはずのその手が、僕にはなぜか暖かく感じた。……しかし、この温もりももうすぐ失うのだろう。そろそろ、人間が僕の足に気づくはず。他の手足以上に細く、まるで棒のような僕の足。人間が、いや、兄弟も親も気味悪がった、僕の足。
 ……できれば、この人間には嫌われたくないな。
 そう、僕は思った。
 知らないとはいえ、初めて僕の頭を撫でてくれた子の人間が、僕は好きになっていた。
 別に信じているわけではないが、もしも神という存在が実在するならばお願いだ。もう少しだけ、この人間に僕の足のことを気づかせないで。
 しかし、僕の願いとは裏腹に人間は気づいてしまった。
僕の、足に。
 僕を撫でていた優しい手が、僕の足にふれる。そして、そのあまりの細さに人間の顔が歪む。ああ、もうすぐ言われてしまう。キモイ? 気色悪い? さぁ、この人間は、なんて言うんだろう。そしてその後、他の人間たちみたいに僕を投げ捨てるの?
「……なんだよ、この足……」
 この先が恐い。聞きたくない。
 生まれて初めて優しくしてもらったのに……
「ひでぇ。おい、ワン公……この足、どうしたんだ? 治ら、ねぇのか……?」
 この足は生まれつき。治らないよ。
 人間に伝わるわけもないが、それでも僕は伝えたかった。
『お願い、僕を……捨てないで』
 体が震え、声が出ない。恐い。また捨てられるのかと考えたら、僕は……
 人間は、足を隠している服の袋から、何か四角い変なものを取り出した。そして、それを耳に当てると何かそれに向かって話し出す。
「あ、俺だけど……なぁ、今T町付近にいるんだけど、ここの近くに動物病院って、なかったか?
ああ、ちょっと足が悪い子犬を見つけてな……。
つれて帰るから、母さんたちに上手く言っといてくれ。
ああ、うん。わかった、サンキュー。んじゃ、またな」
 それだけ言うと、人間はその四角いものをまた袋に戻して、羽織っていた衣服を脱いで僕をその衣服で包み込んだ。そして、僕を抱きかかえたまま移動し始めた。
「待ってろ、ワン公。これから、病院に行くからな」
作品名:拾われたもの 作家名:ちょん