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可愛いあの子

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10分。もうそろそろ君がやってくる頃。
「いーーざーーやーーくーーん」
 ほら、来た。予想通り。
「のこのこ懲りもせずに池袋にやってきたってことは、俺に殺されてもいいってことだよなぁー? 臨也くんよぉー」
 そう言いながら、怖い顔して俺の方に近付いてくる。
「お望み通り今すぐ殺してやろうか? ああ?!」
 俺の前まで来て、俺の顔を覗き込みながら言う。
 あーあ。やれやれ。
「また顔に青筋立てちゃって。せっかくの可愛い顔がだいなしだよ」
「ああっ!? てめ、なに言って……!」
 俺の言葉に、シズちゃんの頬にさっと赤みが走る。
「いつもそうだけどさ、池袋に来て15分も経ってないのに、よくすぐ俺のこと見つけられるよね。シズちゃんには俺専用センサーでもついてるの?」
「はぁ? んなもんあるわけ……」
「それとも」
 シズちゃんの方にずいっと近付く。
「な、なんだよ」
 シズちゃんは戸惑いながら、じりっと後ずさりする。
「俺のこといつもずっと探しまわってくれてるのかな。俺に会いたくて」
「なっ…! なわけあるか!! このノミ蟲野郎が!!」
「へえ。ホントに?」
 一歩。また一歩、シズちゃんを追い詰めていく。シズちゃんはずりずりと後ろに下がって、とうとう壁際に張り付いた。
「シズちゃんてさ」
 壁に両手をついて、逃げられないようにして言う。もっとも、シズちゃんがその気になれば簡単に逃げられるはずだけど。
「――俺のこと、好きだよね」
 下から顔を覗き込みながらそう言った。シズちゃんの顔がみるみるうちにカァッと赤くなる。
「だ……誰がてめえなんか……」
 耳まで真っ赤にして、目をそらしながら、小さな声でそう言う。
 口でなんと言おうと、態度でバレバレなんだよ。
「俺はっ……てめえなんか、大っ嫌いだ!」
 うん。そうだね。知ってる。
 でもね、好きと嫌いは表裏一体。大嫌いと大好きは、すごく近い感情なんだよ。
 それに気付くまで、俺も随分葛藤したものだけど。
 君ももうホントは気付いてるよね?
「俺はシズちゃんが好きだよ」
「ふえっ!?」
 突然の俺の告白に、シズちゃんは首まで真っ赤にして、間抜けな声を上げた。
「隙あり」
 すかさず、背伸びをしてシズちゃんの唇を奪う。
「――~~!?」
「ごちそうさま」
 唇を離してそう言った。
 シズちゃんを見ると、怒ったような、それでいて泣きそうな表情をしていた。
 とても池袋最強と恐れられる自動喧嘩人形とは思えない。
 今ここにいるシズちゃんは、初めての恋に戸惑う女子中学生みたいだった。
「シズちゃんのファーストキスいただき」
 そう言ってニッと笑うと、シズちゃんは我に返ったみたいで。
「だっ、誰が初めてだよ! 誰がてめえなんかにファースト…」
 そこまで言うと、またシズちゃんの顔が赤くなった。今のキスを思い出してるらしい。
 ウブだねホントに。そんなところがまた堪らない。
「じゃあ、俺行くね。また今度続きしてあげるからね」
 まだ自分の世界にいるシズちゃんにそう言った。
「――あっ、臨也てめっ、待てコラ……!!」
「ばいばーい」
 背を向けて歩きながら、ひらひらと手を振った。
 
 シズちゃんはそれ以上追っては来なかった。きっと今頃はその場にしゃがみ込んで、顔を真っ赤にしてぐるぐるしてるはず。
「ホントに、可愛いんだから」
 さて、今日は少し散歩をして帰ろうかな。
 可愛いあの子の顔を思い浮かべながら。
 
 -end-
作品名:可愛いあの子 作家名:小川藍李