特効薬
「あー…佐藤。今日相馬休みだからよろしく」
「……は?」
店長から唐突に告げられた相馬の欠勤。
不真面目には定評がある奴だが、仕事をサボるような奴ではない。
だからこそ妙に引っ掛かった。
「…店長。その…なんでだ?」
休みの理由、と怖ず怖ず尋ねる。
どんな顔をして聞いていいのか困るが、こんな時表情が解りづらくて良かったと思う。
「あぁ…風邪、引いたらしい」
熱で動けないんだと、と告げるとパフェを求めて休憩室を出ていく。
(……ったく…聞いてねぇぞ、コラ)
遠慮するような間柄じゃないんだから頼れよな、と鳴らない携帯電話を一瞥すると、心配と苛々の矛先を煙草に向け、紫煙を空に吐き出した。
……落ち着かない。
バイトの時間がやけに長く感じるのは暇だからというだけではない。
相馬が、居ないから。
無意識で捕まえたぽぷらの髪を芸術的に弄りながら溜息をつく。
「佐藤さん酷いっ。いじめながら溜息つくなんてっ」
「…あぁ、悪い」
「……ふぇ?佐藤さんが素直…」
「じゃ、俺上がりだから」
器用にヤシの木に結い上げるとひらひら手を振ってキッチンを後にする。
酷いとかなんとか聞こえた気もするが敢えてスルーした。
更衣室。
ふと思い出して自身の携帯を見れば、液晶表示に取り落としそうになる。
不在着信1件。
簡易留守メモ1件。
着信は数分前。
発信者は……相馬。
慌てて着替えながら肩に携帯を挟んでメッセージを再生する。
『……………………さとーくん…まだ…仕事中かなぁ……』
恐らく時間を見計らってかけて来たのだろう。
たっぷりの沈黙の後の弱々しい声。
それだけで駆け出して車に飛び乗るには充分だった。
最短距離で相馬の家へと車を飛ばす。
とにかく早く会いたかった。
ついたアパート前で部屋を見上げれば、明かりはついていない。
カツカツとコンクリートの階段は妙に足音が響くのが耳に障る。
『佐藤くんは足音で解る』なんて言われたのを思い出して、歩くスピードを抑えて頭を掻いた。
以前に交換した合鍵で扉を開ければ、真っ暗なものの人のいる気配はある。
「……邪魔するぞ」
足音を立てないようにキッチンやリビングを覗けば、月明かりが射しこむのみで、家主の姿は見えない。
性格からか小綺麗に片付いた部屋に小さく苦笑する。
そっと寝室に足を向けた。
決して大きくないベッドに盛り上がりを見つけて、そっと歩み寄れば手にしている…というより抱きしめているモノに目を瞬く。
(……俺のスウェット…)
心細さや人恋しさからか、置いていった服を抱きしめている眠るとは随分乙女だと苦笑しながら僅かに顔にかかる髪をかきあげるように撫でてやる。
(……まだあっちいな…)
氷枕でも持ってきてやるかと手を離せば小さく聞こえる呟き。
「…さ…とーく、ん…」
「………なんだよ」
「…ん……ぁれ…?」
目を覚ました相馬の髪をもう一度撫でれば、状況の飲み込めない本人は、首を傾げるばかり。
「…大丈夫か?ったくもっと早く連絡して来いよ」
「……ぅん…でもなんで…」
「電話して来ただろ?」
「…誰が?」
「お前が」
「えぇっ?」
僕はしてないよ、と首を降る本人に着信履歴見せ、先程のメッセージを聞かせてやる。
ただでさえ熱で赤い顔が更に湯気でも出そうなくらい赤く染まっていく。
「……うわ…僕痛い子?」
「それは元からだから気にするな」
「……酷い」
さめざめと嘘泣きをする相馬の髪をくしゃりと撫でる。
「服抱きしめるくらいなら実物に抱き着けよ」
「…でも…風邪うつるし…」
「俺の匂いが恋しかったんだろ?」
「…う…まぁ…」
「じゃあつべこべ言うな」
問答無用で抱きしめると、熱い額にひとつ口づけを落として、合わせる。
「佐藤くんだ…」
「……安心したか?」
「…ん」
どんな薬よりも、この温もりが一番の特効薬なんだと、腕の中で相馬は思うのだった。
(寝る前に着替えろよ?)
(ん、わかった)
(脱がすの手伝ってやるから)
(ぇ、あ…大丈夫だからっ)
(………あ?)
(…だって佐藤くんが言うとやらしいっ)