小悪魔注意報
こいつの行動は無意識か?
それとも計算か?
どちらにしても…心臓にはあまりよろしくない。
佐藤は暴れ回る鼓動を落ち着けるべく、火を付けたまま放置して短くなってしまった煙草を口にくわえた。
遡ること5分前。
しばらくぶりに取れた休憩に、佐藤は自然と煙草の箱に手を伸ばす。
想像以上に忙しかったランチタイムのため、疲れた身体に紫煙を思い切り吸い込む。
キッチンのメンバーの中で一番と言っても過言じゃないほど手際が良くこなす佐藤に、仕事が集中するのはいわば必然なのだが、半面ピークが過ぎるとどっと疲れる。
そんな半ば廃人の状態でパイプ椅子にのけ反っていれば、不意に至近距離で顔を覗き込まれる。
「さとーくん。何してるの?頭に血が上っちゃうよー?」
ちょっとでも動けば唇が触れてしまいそうな距離。
間近にある相馬の顔に、思わず肩を押し返すと背を丸めて咳込む。
「ちょ…お前な…いきなり覗きこむなって…」
「だって佐藤くん伸びーってしてるからね。今ならキス出来そ…」
「わ、解ったからそれ以上言うなっ」
仮にもバイト先の休憩室で『キス』とか言うな、と抱えるようにして口を押さえれば、当の本人はニコニコと嬉しそうで。
くいくいっとコックコートの裾を掴んで小首を傾げる。
「ねぇ、佐藤くん。僕今日もう上がりなんだ。泊まりにとか…行っちゃダメなんだっけ?」
やっぱ急じゃダメだよね、と伺うように上目遣いで見られる。
押し倒したくなる欲求を必死で堪えつつ、敢えてそっぽを向いて前髪をくしゃりと掴む。
精一杯の平常心を全面に押し出して。
―――こいつ自分の可愛さ解ってんのか?場所が場所なら襲うぞコラ。
「………………別に、ダメじゃない」
ぽつりと。
聞こえるか聞こえないかくらいの呟きに地獄耳を発揮した相馬は、ぱっと花が咲くような笑みを浮かべて抱き着く。
「やっぱり佐藤くん大好きっ。断られたら寂しくて眠れないところだったよー」
「………っ…………」
突然の抱き着き攻撃に、動揺が限界値を超えた佐藤は微かに残った理性で、帰ったら絶対襲い掛かってやろうと心に誓うのだった。
(………相馬…覚悟しとけよ?)
(ぇ?ちょ…佐藤くん?顔が怖いよ?何を覚悟するのっ?)
(……いい、今は気にするな)