好きって言って
優しいのは知ってる。
だけど…。
僕以外にそんな顔しないで。
もやもやする。
胸に黒い感情が渦巻く。
少し休もうと休憩室に足を向けるも、耳に届く明るい声に、相馬は踵を返してキッチンに舞い戻った。
「ほんと佐藤くんって優しいわよね。お友達のなかでは一番大好き」
「あーはいはい。俺も好きだぞー…」
ダイスキ。
解ってるんだ。
佐藤くんは轟さんのノロケに付き合ってるだけだって。
聞こえた会話にいたたまれなくて、唇を噛み締める。
モヤモヤを追い払うように軽く頭を振ると、包丁を手にする。
じゃがいもの皮を剥こうと手にすれば、思わず滑らせて指先に刃が当たった。
「……っ…」
僅かに滲んだ赤色。
情けない。
こんなこと佐藤くんなら難無くやってるのに、と思った瞬間我慢していた涙腺が崩壊した。
ぽたりと落ちた涙。
それを誰にも見られたくなくて、慌てて目元を拭うと、俯いて更衣室へと駆け込む。
視界の端に佐藤くんの驚いた顔が見えた気がしたけど、構う余裕なんて正直無かった。
「ほーら、轟。そろそろ仕事戻れ。俺上がるから」
「あら、もうこんな時間ね。そろそろ杏子さんにパフェ作らないとっ」
ウキウキとスキップでもしそうな様子で出ていく轟を見送ると、佐藤は一息ついて更衣室の扉を叩いた。
「………相馬」
「…………」
返事なんか出来なかった。
仲良く話す様に嫉妬して、挙げ句集中できなくて指切っただなんて。
ぐっと唇を噛んで黙る相馬を諭すように佐藤は口を開く。
「……なんにも無いぞ?」
「…解…ってる………でもモヤモヤするんだ…」
嫌な人間だ、と呟くと、不意に頭を温かい手に撫でられる。
その感覚に驚いて顔を上げれば、そこには優しい佐藤の顔。
怖ず怖ずと涙のたまった目を向ければ、そこで更衣室に鍵をかけて無かったことを思い出す。
「…ぁ……」
「…鍵かけろって」
かちゃり、と施錠する音にホッとしたのか、漏れるのは小さな嗚咽。
「…好きって……言ったでしょ…轟さんに…」
「……ん?あぁ…それか」
得心が行ったのか、わしわしと髪を撫でる佐藤の手はどこまでも優しい。
「……お前は『好き』じゃないからなぁ…」
ぽつりと呟いた言葉に驚いて顔を上げれば、みるみるうちに涙が溜まって行く。
そんな状態を見越していたのか、佐藤は耳元に顔を寄せると、一言だけ呟いた。
「………愛してる」
(…『好き』じゃ足りねぇんだよ)