湯煙は夢気分?
いくら北海道といえど、この時期キッチンで火を扱っていれば汗もかく。
そんなこんなで絶賛バスタイム中である。
そういえばゆっくり風呂に入るのは久しぶりな気がする。
最近は忙しさにかまけてシャワーばかりだった。
佐藤は顔半分を隠すように伸ばした前髪をかきあげるとひと息つく。
(たまにはのんびり…)
「お背中流しましょうか?」
「そうだな、のんびり背中でも…………って…えっ?」
思わずノリツッコミをしてしまったが聞こえた声は間違えようもない相馬のもの。
慌ててタオルを腰に巻き、振り返った視線の先に居たのは、あのにこやかな笑みを浮かべて腰にタオル一枚の相馬博臣その人で。
来ちゃった☆などと手を振られれば驚きとともに確かな脱力感を覚える佐藤であった。
「つうか相馬…お前家に勝手に来るのはいいとして……気配を消して風呂場に来るな」
「失礼だなぁ…ちゃんと声掛けたよ?『さとーくん僕だよ入っていーい?よし駄目って聞こえないから入る。入るからねー』って♪」
敢えての蚊の鳴くような細い声での問い掛けに、シャワーの音で掻き消されること前提の確信犯だとがっくり肩を落とす。
「ねぇ、それより背中っ。流してあげるよ」
「ちょ、ちょっと待て…いいから動くなそれ以上近寄るな」
「…なんでー?」
理由が解らない、と言うように唇を尖らせる相馬からギリギリまで距離をとる。
「僕と佐藤くんの仲なのに…」
「仲だから問題なんだろーがっ」
そんな恰好で迫って来るな、と狭いバスルームの中、殊更隅っこで小さくなる自分より体格のいい佐藤に相馬は込み上げる笑いを殺しきれない。
「ぷ…っ……ははっ…さとーくん可愛いなぁ…そんなに襲いたいなら襲えばいいのに」
「な…っ…襲…っ!?」
既に蒸気で温かいバスルームの中で、必要以上に赤くなって慌てふためく佐藤に、相馬は一歩近付くと、後ろからその背中にぎゅっと抱き着く。
「襲えって言うのは冗談だけど……一応、ね」
「一応なんだよ」
「ヘタレな佐藤くんを挑発してみた」
「………ほぅ」
「や…ぁっ…佐藤くん怖いよ…ちょっと…」
夢気分には程遠い、そんな湯煙事情。
(相馬くん専用俺オリジナル垢すりコース入りまーす)
(や、ちょ…待って…痛い痛い痛いっ)
(ほーら逃げんな遠慮するな)
(ごめんってば~っ)