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決戦前夜

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ふと部屋の中が暗いことに気づき、葉柱はシャーペンを持つ手を止めた。ずいぶんとビデオの中の試合に集中していたようだ。彼がスカウティングをし始めたのは、まだ日が出ていた頃だ。電灯のついていない、日没の室内は薄く青い。2、3時間はビデオに没頭していたようだ。
一時停止ボタンを押して、立ち上がる。葉柱は、座っていた位置のちょうど背後にある窓のカーテンを閉めた。閉める刹那に外の景色を見る。最早黒い影となった家々の屋根が薄紫の闇に飲み込まれている。各戸の室内を照らす光は、中途な暗闇の中ではその存在を打ち消されてしまう。完全に日が沈めば、光が映えるのだが。
逡巡に似たわずかな瞬きの後、室内に電気がついた。葉柱は再びテレビの前に座り、再生ボタンを押した。
葉柱の住むこの辺りはいわゆる高級住宅街である。「閑静な住宅街」という表現がピッタリな通りには、たむろする若者の姿もないし、大音量を上げて走る車もない。葉柱の自室には、ビデオからの音声のみがある。
静寂に空しくビデオの歓声が響いている。葉柱は、先ほどまでの鋭利な緊張で、頭がしびれるような疲労感を感じていた。彼の集中力はいつしか散漫になっていた。一つため息をついて、ビデオを止めた。それから腕を伸ばし、数ヶ月ほど前からテーブルに放置されているタバコを手に取る。
肺に煙を招き入れ、ふぅーっと放出した。久々のニコチンは、鈍く頭を麻痺させた。中学の頃や、高校に入りたての頃はよく吸っていた。最近はその頻度も減ったのだけれど。
一つは、アメフトのため。そしてもう一つは。
葉柱は、他の部員と自分との間に、どうしようもない温度差があることは知っていた。暴力と、恐怖で作り上げたチームだ。彼は、それはただの代償だと認識している。温度差があるのならば、自分の温度を上げればいいだけのこと。そうして、チーム全体のそれが、他チームと並ぶだけの温度になればいいのだから。
「…………」
今度は少し長めに煙を吸ってみた。久しぶりの動作は加減がわからず、ゴホゴホと咳き込んでしまう。やがて息を取り戻し、葉柱は中空を漂う紫煙の行く末をぼんやりと眺める。こぼれたインクのようにじわりと染みていくものは、この無音のような空虚。熱が冷めたのではない。ただ、時々ぶれる。
―――あの金髪はどうしているのだろうか。
ひどく自分に似た、金髪。彼こそ、こうした虚ろさからは程遠いところにいるように思える。依存とは少し違うが、それと似た感情で、葉柱はあの金髪を見たいと思った。
不意に鳴り響く、独特な機会音。
それは、金髪からの着信を告げるメロディだった。なんの切っ掛けか忘れたが、前に彼に勝手に設定されて、面倒なのでそのままにしてある。場違いに明るい、「Bi-Coastal」。
「アァ?」
 いつものけんか腰で出れば、ケケケと悪魔の笑う声。
『この間の試合、どうせ撮ってるんだろ?それ持ってウチ来い。十分以内!』
 言い返す間もなく電話が切れる。いつもながら無理な時間指定に辟易しつつ、葉柱は乱暴にデッキからビデオを取り出し部屋を出た。


「二分三十五秒の遅刻だ、糞ジンガイ」
 葉柱の頬を掠めて弾を撃ち放ったヒル魔は、開口一番そう告げた。
「~~ッぶねぇだろが!この悪魔!死んだらどうすんだ!」
「アァ?当たらねぇギリギリを狙ってやっただろうが。感謝しろ、糞元奴隷」
「誰がだっ!!」
 先刻まで葉柱を包んでいた静寂が嘘のような、騒がしさだ。ヒル魔が手を差し出すので、持ってきたビデオをポンと投げれば、彼はいそいそとビデオデッキに向かう。先ほどまで見ていたらしい、デッキの中に入っていたビデオを見咎め、葉柱はヒル魔に、
「それ、どこのやつだ?」
訊ねる。振り向きもせずに作業を続けるヒル魔が「ポセイドン」と答えたので、葉柱は後で貸すように言った。次に当たる相手だ。
「オウ。……んじゃ、ご苦労だった。またな」
「……ハ?」
 予想外の言葉に、思わず間抜けな声を出すと、不思議そうな顔でヒル魔が振り向いた。
「ハ?じゃねぇよ、玄関はあっち。アー、事故にはくれぐれも気をつけるように」
「アァ!?俺りゃあ、パシリか!テメェ、茶の一つでも入れやがれ!」
 一刻も早く来るように命じておいてその扱いはないだろうと詰め寄れば、数瞬の沈黙を置いて、ヒル魔が弾けたように笑い出した。
「ケケケッ!!安心しろ、追い返したりしねぇよ。テメェには大事な役目があんだ。ちなみに、茶はアッチ」
 長い指でキッチンを指す。少々罰が悪く、「大事な役目ったって、リモコン係だろ」と小さく言い返せば、「あと、晩飯係」と、さも面白そうな表情でヒル魔が笑った。
 構わず、ヒル魔の隣に座る。葉柱の様子を、ヒル魔がにやにやと人の悪そうな顔で見つめている。すると彼はかすかに香るヤニのにおいを敏感に感じ取ったらしい。
「残念ながら、ここは禁煙だ」
「知ってる。…それに、別に今は必要ねえよ」
 応じる葉柱を暫時ヒル魔は見ていたが、やがて視線をそらした。再生ボタンを押して、葉柱にリモコンを手渡す。先ほどまで葉柱が熱心に見ていた試合が、画面に現れた。
 葉柱は、ヒル魔の指示通りにリモコンを操作した。一時停止を押すたびに、ヒル魔が熱心にノートに書き込んでいる気配がする。葉柱のリモコン操作は完璧だ。同じビデオを何度も見ていたせいで、停止のタイミングがわかっているからだ。
機械的な動きの中で、葉柱はもう一度先刻の虚ろさを思った。それは少し遠ざかっていた。ただ、同じような作業の中でフラッシュバックが起こっただけのことだ。
 ああ、そうだ。ヒル魔がこのビデオを欲した…持ってこいと命じた理由。
 ヒル魔の指示が段々断続的なものになってきていることに、葉柱は気づいていた。時折、金髪が肩に触れる。
 指示がないままに、ビデオは再生を続ける。葉柱もその画像を見続けた。ラインが倒された。あわててパスを出そうとしたQBがサックをくらう。ビデオを録画している、マネージャーの露峰が試合経過を淡々と告げる。
 完全に葉柱の肩にもたれる形になったヒル魔の髪を、葉柱は指の背で撫でた。
俺の空虚と、テメェの空虚は似ているかもしれないが、多分微妙に違う。チームの性格も、自身の性格も、まるで違うからだ。
 人は、百パーセントの物質など、自然界に存在しないことを忘れがちだ。見えないような小さな不純物でも、それは確かにそこにあるということだ。たとえ、自身で認識することがなくとも、光がある限り足元には影ができているということだ。
 葉柱は、肩の位置をずらした。途端に落ちてくるヒル魔の頭を丁寧に受け止め、もう一方の手で近くのクッションを掴む。胡坐をかいた自分の足にクッションを置き、ヒル魔の頭をゆっくりと横たえてやる。起きる気配のない彼の手からノートとシャーペンを抜き、楽な姿勢を取らせる。
 葉柱は、猫の毛のようにヒル魔の金髪を撫でる。自分の黒い髪とは、まったく違う色だ。多分、さっきまでメモっていたノートの内容も違う。プレースタイルが違うからだ。
 葉柱はいつしか微笑んでいた。




―――ヒル魔、俺とテメェはひどく、似ている。
作品名:決戦前夜 作家名:134