ちいさく前にならえ<後編>
翌朝、寝苦しさにツナヨシは目がさめた。
いや寝苦しいというより、なんだかゴツゴツしている。もぞもぞと寝返りをうつが、一向に改善もされないし、少しも身動きがとれないのだ。
何やら、がっしりとしたものが自分をホールドしている。
(なんだ?)
浮かびあがった疑問に、睡魔の甘い誘惑をなんとか退け、瞼を持ち上げると。薄ぼんやりとした視界には、褐色の肌に所々散らばる古傷。鍛えられた筋肉、逞しい胸板。鎖骨に太い首。そのまま視線を上げていくと、無造作にばらけた黒髪。男らしいラインを描く顎、不機嫌そうに結ばれた唇。そして就寝中ですら消えることのない眉間のしわ。
「んぁっ!」
まごうことなきザンザス・本家本元バージョンだった。
いつの間に大人の体に戻ったのか、ザンザスはツナヨシをその腕のなかに閉じこめ、あろうことか『抱き枕』がわりにしているのだ。
ぶはっと睡魔も吹っ飛ばし、ツナヨシは脱出を試みる。
太い腕をパシパシ叩き、んぎぎぎぎと唸りながら腕をほどきにかかるが、鋼のようにからみついたそれはビクともしない。
「この、起きてよ!ザンザス!!ザンザスってば」
きゃんきゃんと呼びかければ、非常に鬱陶しげに、うっすらと真紅の双眸が開かれた。
「あぁ?」
寝起きのかすれた声が、ツナヨシの額にふりかかる。
(ひぃ!近い!近い!近い!)
至近距離にもほどがある。吐息がツナヨシの首筋をくすぐるわ、重低音の声が耳を刺激するわ、朝からなんて心臓に悪い状況なのだ。
半分涙目でザンザスの腕の中硬直し、彼を見上げるツナヨシだった。対してザンザスは、目の前のツナヨシを視認すると、「くわぁ」とあくびを一つ。そして面倒くさそうにツナヨシをかかえ直すと、
―――――さっさと目を閉じたのだった。
「いや、寝るなーーー!起きろ!ザンザス。離してくれ!」
「・・・るせぇ」
「ひぃぃぃぃいいい!」
さらに強く、ぎゅっとかかえられ、極度の密着状態にツナヨシの心臓は爆発寸前だ。
ザンザスは『抱き枕』くらいにしか思っていなくとも、かように抱きかかえられては。
まるでザンザスに抱きしめられているような錯覚に陥ってしまう。
先ほどよりも悪化した状況に、ツナヨシはいよいよ泣きが入っている。
さらに今気付いたのだが、ザンザスはどうも何も身につけていないようなのだ。ツナヨシの薄いパジャマ地を通して、ザンザスの肌から熱がダイレクトに伝わってくる。確かに就寝前に着ていたのは子どもサイズのパジャマである。大人の体には小さいのだろうが。あわあわと視線をさまよわせれば、ベッドのそこかしこに用を成さなくなったパジャマの破片が散らばっていて。
つまりは、ベッドに二人きりで、裸のザンザスに抱きしめられているわけで。
「んぎゃぁぁぁぁぁーーーー」
状況を再度認識したツナヨシは絶叫した。早朝の屋敷にツナヨシの悲鳴が響き渡る。その声を聞きつけた獄寺達が寝室に雪崩れ込み、また一騒動。
――――まったくもって、学習しない面々なのだった。
END.
作品名:ちいさく前にならえ<後編> 作家名:きみこいし