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押して引く1

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笑いながら。笑っていたのは俺だけかも知れないけど。
力比べのように互いの手のひらを組んでいたそれが、違う意味を持った瞬間などわかるわけがなかった。
力の限り押したり引いたり。ぶるぶると腕を震わせながら。腕力差よりも身長差で押され始めてずるいよなあと。
あれ、と思ったときにはそれを自覚する。
気付いた時点からそういう意味が伴ったのか、それともそれ以前からそれは存在していたのかはわからない。

ぎっちりと組んだお互いの両手、指は離れないとばかりに力一杯。
片足を前に出して踏ん張れば、自然上体が前に出た。
身長がある分、真ちゃんの体の方が傾いでいる。
果たしてそもそもこんなことになったのは、何が理由だったか思い出せない。大体がくだらない言い争いのようなものだったからだ。
がらんとした部室の中に残っているのはオレらだけ。
先輩達は呆れて帰ってしまった。放り投げられた部室の鍵がオレの荷物の上から落ちそうになっていて。
「なあっ」
今力を抜いたら押し負ける。だから、絞り出すようにオレは声を出した。
「真ちゃん」
「なんなのだよ」
真ちゃんの声も震えている。本気で上から押しつけようと思えばオレなんか押し倒すくらい出来るだろうに。それは別にオレに対して手を抜いている訳じゃなくて。
一定方向でのオレとの純粋な力比べに興じることに意味を見いだしているからなんじゃないかと、オレは勝手に思ってる。
「なんかさあ、二人きりなんだけど」
「それが?」
わからないのか、にぶちんめ。
「二人きりなのに、何でオレらはこんなことしてんのかって話、だよっ」
オレの言葉に、更にわからない、というような顔をした後。不意に。
「う、わっ」
真ちゃんの腕から力が抜けた。押し引きの力比べに本気を出していたオレは、勢い真ちゃんのほうに体が転がっていく。
思い切り体が投げ出された。自分の力の勢いに驚いてしまうほどに、だ。多少の体格差はあってもオレだって鍛えている男だ。その体が転がり込んできたらさすがに真ちゃんでも、と。
慌てて起き上がる。下敷きにされた真ちゃんはさすがと言うべきか仰向けのまま倒れた頭をガードして受け身を取る体勢。
「・・・高尾」
ただ、その声は色気の欠片もないくらいに低い。
「悪い、ごめん、どこか痛めてないか?」
へんなこと、を言い出したのはオレだ。その分の否はオレにある。
学校、部活、オレらの生活はその二つだけでほぼ満たされている。二人きりになることなんて珍しくもないかも知れないけどそれも僅かな時間だ。だから、というのは言い訳で。ああ、もういいや。
頭が混乱してくる。
要はオレは、先日、真ちゃんに。ちゅ、とやってしまったことを後悔しながらもそれに関しての反応がない真ちゃんからのアプローチなんてものについて考えてしまったのが悪かったんだ。

頭の中に黒い毛糸玉が転がってそれを解こうとしたらぐちゃぐちゃになってしまった、みたいなイメージが広がっていく。
物体を多角的に捉えられようとも、その目に感情は映らないのだからどうしようもない。
オレは。帰ろう、と口にして。多分、口にして真ちゃんの体の上から退こうとした。
そうしたら、ちょっとだけ浮いた尻がもう一度同じ場所に着地して。腕を、捕まれたことを知る。
腕を捕まれて、引かれて。
そのまま真ちゃんの上体が起き上がってくるのが見えた。
眼鏡の向こう側に真剣な目があった。
正直驚いた。それがどんどん近づいてきて。腕を更に引かれて。
真ちゃんの眼鏡、が。当たる、と。
思って目を瞑ったら唇に。柔らかい感触が。
び、と全身の毛が逆立つような感覚。痛みではないけれど、ずき、としか表現できないようなものが体を駆け抜ける。
「しん、ちゃ・・・」
心臓がばくばく言ってる。試合中だってこんなに息苦しくなんてなったり。は。
何が起こったか理解できる前にもう一度重なって、それもすぐ離れた。
足先まで痺れているオレなど気にならないかのように。床にオレがヘたり込んでいることなどどうでもいいように。
何事もなかったかのように立ち上がった真ちゃんは。
「高尾、帰らないのか」
と言うので、そうかこれはさっきオレが二人きりだということ揶揄したことに対する意趣返しなのかと思う。
「立てねえよ」
なのでオレは、は、と笑い顔で。
「真ちゃんがやらしいことするから、立てない」
手を差し出した。
「なっ・・・」
触れあうだけのキスなんて、やらしいことのうちに入らないのかもしれないけど、今のオレ達には十分に刺激的だと思う。
絶句しながらもオレの手を、ぐ、と掴む真ちゃんの手が、あり得ないくらい熱かったことにオレは溜飲を下げた。
掴まれた手を掴み返す。そのまま腰を上げながらオレは。
「真ちゃんはもっとやらしいこともしたい?」
と言ってみた。呼吸が止まってしまったみたいに赤い顔の真ちゃんを見ながらオレは。
オレはしたいんだ、と。ものすごく小さな声で言ってしまってその声がちゃんと伝わったか不安になって。
けれど掴まれた手が血が止まりそうになるほど白くなっていくのを感じて。
言ってしまったことを後悔しながらそれでも言ってよかったと思う自分の感情がぐるぐると回るので呼吸困難になりそうだ。

end
作品名:押して引く1 作家名:しの