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Happy Birthday to You!

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Happy Birthday to You!

*

 目の前のテーブルに置かれている、藍色の包装紙に包まれた箱を、ジャンはきょとんとした顔で見つめていた。その箱を彼に寄こした張本人は、何だか照れくさそうに指と指を胸の前で絡ませ、視線をあちこちへ投げかけては、こっそりジャンの表情を確認している。その目付きがあまりに鋭く、そして凶悪なものだったため、ジャンは思いがけずごくりと唾を呑んだ。
―――なんだこいつ、めっちゃ怖え目付きしてんのに、頬だけはバラ色に染めてやがる…。
 おお気味悪、と小さく呟くと、「どうした?」と不安げにイヴァンが問うてくる。いや、お前のことだから。
「…わかった、新手の爆弾だ」
「そうそう…って、違うわタコ!!この可愛らしいリボンのラッピング!!目ン玉ひん剥いてよく見やがれ!!!」
「いや~近頃は色々とおっかねえなあ。それにしても俺の誕生日にプレゼント型の爆弾だなんて、奴さんもなかなか洒落た真似しやがる」
「テメエ俺の話何も聞いてねえなッ!?」
 先ほどとは違った意味合いで、イヴァンの顔が茹でダコみたいに赤くなっている。今にも殴りかかってきそうな勢いでいる彼の肩をポンと叩くと、そのまま頬に軽いキスを送った。
「からかって悪かった。ありがとな」
「…おう」
「開けていいか?」
「……好きにしろ」
 ソファから身を乗り出すと箱を手に取り、くりくりにまかれた白いリボンを丁寧に解いた。包装紙をびりびりに破かないように気をつけて剥がす。細長い小さめの箱の蓋を開けると、中から出てきたのは、継ぎ接ぎ模様の茶色い財布だった。
「おっ、財布…ってか何だこれ!?ものすげえやらかい素材だけど…」
「そりゃウナギの皮だ」
「ハア!?ウナギ!?」
「アジアで流行ってるんだとよ。可愛いだろ」
「いや、お前の『可愛い』のポイントがいまいちよくわかんねえ…」
 ジャンはふにゃふにゃのそれを両手で曲げたり伸ばしたりして、しばらく感触を確かめる。皮が思っていた以上に薄いため、雨に濡れたらどうなるのかと少し不安になった。こんなペラペラの財布に金を入れて大丈夫なのだろうか。
(…いや、安心ならねえなあ。)
 ジャンは目を瞑って一人頷いたが、普段から財布を持ち歩かない彼には、あまり関係のない話である。
「っていうかお前、俺が普段財布持たないの知ってるじゃねえか」
「馬鹿野郎、だからプレゼントしてやったんだよ」
「それは俺に対する嫌味と捉えていいのけ?」
柔らかい財布を撫でまわしながらじっと見つめると、イヴァンは小さく鼻で笑った。オイコラ、返事ぐらいしろ。財布を撫でる指に力が籠る。が、ふわふわとした、少女の乳房のような柔らかさが、力いっぱい握りつぶそうとするジャンの気持ちを和らげた。畜生、憎い真似しやがって。機能には若干の不安が残るが、さわり心地は最高だ。
「一つ言い忘れてたけどよ、それ普段あんまり使うんじゃねえぞ」
「安心しなって。誰も『かわいいイヴァンちゃんが俺のために必死に選んでくれた財布なんですー』なんて言わないからよ」
「て、テメエそんなこと言ったらぶっ殺すからな!!!」
「じゃあ何さ?俺以外の男の前で使うなってこと?」
「そうだ」
「イヴァンちゃん…男の独占欲って見苦しいわよ?」
「っ馬鹿!それもそうだけど…そうじゃねえよ!」
「どっちだよ」
「…そんなブランドでも何でもない財布、人前で使ってたらお前、恥かくだろ」
 その言葉にはっとして視線をイヴァンへ向けるが、彼はすでに俯いていたため、表情が読み取れない。怒っているのか、照れているのか。曖昧な声色では微妙な感情の区別が付かず、ジャンは軽く舌打ちをした。馬鹿野郎。変なところで気遣ってんじゃねえよ。
「イヴァン、ありがとな。すげえ気に入った。あんまり気に入っちまったもんだから、これから毎日使わせてもらうことにする」
「ああ、そりゃ結構…って、お前俺の話っ!」
「ギャアギャアいちいちうっせえな、テメエは!貰ったもん好きに使って何が悪いんだよ」
「だからさっき言っただろうが!…お前はもっとカポっていう自覚をだな」
「…あのなあ、イヴァン。ブランド物で身固めてる奴がボスだって決まってる訳じゃねえ。俺を見てりゃわかるだろ?そんなんで俺や組織の価値を決められることなんて、絶対ありえねえ。それに昔から言うじゃねえか。財布と時計を大事にする奴は、女も大事にするいいオトコだってな」
 ジャンはイヴァンの頬に指を這わせると、顎のラインをなぞるように摩った。くすぐったさにイヴァンが目を瞑る。銀色の睫毛が微かに震え、血管が透けて見える瞼は驚くほど白い。ジャンはそこに優しく口付けると、彼にしか聞こえないくらいの柔らかい声で、そっと囁いた。
「イヴァン、生涯大事にするぜ。この財布も、お前のことも」
 瞬間、火がついたようにイヴァンの耳たぶが赤く染まる。ジャンはくすりと微笑むと、今度はかたく閉ざされた唇にキスを落とした。
「なあ、お前俺に言うことあんだろ」
 熱い耳たぶを食みながらそう言うと、しばしの沈黙の後、蚊の鳴くような声でイヴァンが呟いた。年に一度だけ、何度も耳にするその言葉。誰から言われても嬉しいが、やはり愛する者の唇から紡がれるのは、同じ言葉でも何かが違う。
 イヴァンを抱きしめながら、ジャンは胸の奥でじわりと広がる喜びに、飲み込まれてしまわぬよう努める。今はまだこの波に溺れる時ではない。甘い海に溶け込むのは、セックスをした後でも、否、その後の方が十分に堪能できるだろうから。
 腕の中の男がもぞもぞと動く。一体なんだと思っていると、胸の辺りからひょこっと顔を出し、鼻と鼻が触れるほどまでに顔を近づけると、そのまま唇を重ねるだけのキスをした。今日はまだ、俺からしてなかったから。拗ねたように呟く男に、思わずジャンは笑ってしまう。イヴァンもつられて笑った。時計を見れば11時。一年に一度だけ訪れる日が、最も幸せな形で終わろうとしていた。
「…ジャン。誕生日、おめでとう」



*



「でも何でウナギの財布?」
「この感触、女の胸みたいだろ?」
「…ナルホド~(考えることはこいつと同じってワケね…)」



(Happy Birthday to You!/2010.10.09)
作品名:Happy Birthday to You! 作家名:ひだり