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愛早 さくら
愛早 さくら
novelistID. 6143
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仁羽 3

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「お前か。俺に依頼を頼みたいってのは」

 静雄の声は玲瓏と響く。
 その声に力があるのは、わかるものにはすぐにわかった。
 人並み外れた長身と、持って生まれた金の髪。
 過ぎるほどに整った顔は能面のように冷たく、動かず。
 気の弱い者なら、一目見ることすら難しい。
 それでなくとも、初めて静雄と見えて。
 少しも臆することのない者などまれだった。
 そんな静雄を前に、目を逸らさず。
 その男はただ、其処にいた。
 真っ黒い笑みを、その瞳に湛えて。
 まるで闇の使者の如く。



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 仁羽 3
 ++++


 陰陽寮である。
 入り組んだ屋敷の一番奥。
 庭に面した其処が、静雄の居室だった。
 ほとんど部屋から一歩も出ずに。
 静雄は時を過ごしている。
 それを不満と思うこともない。
 何故ならそれは、今更であったし、生まれてからこの方、全てと言って過言でない時を此処で過ごしたのだ。
 親や弟に。
 容易く逢うことすら叶わずに。
 理由を、静雄はよくわかっていたし、もう、仕方のないことだとも思っていた。
 金の髪である。
 それが多分、初めからの。
 だが、その日はいつもとは何かが違って。
 来る。
 静雄は予感でなく確信としてそれを知った。
 来る。
 陽光燦々と輝き、明るく。
 よく晴れた秋の日だ。
 庭の木々はうっすらと冬枯れの気配を見せて。
 紅い紅葉がひとひら、羽のように舞いながら、静雄の下へと滑り込む。
 ひらり。
 遠く鳥のさえずりを聞きながら、それにそっと手を触れた。
 紅い息吹である。

「っ―・・・・・・――、静雄ー」

 庭の先から呼ばわる声に顔を上げた。
 聞き慣れた男性的なそれは、静雄の傍近く使える門田の声だ。
 程なくして覗かせた、近衛も兼ねるたくましいその面は、どうにも御しきれない困惑を顕わと浮き立たせていた。

「どうした?京平」

 理由など。
 ほとんど解っていながら呼びかけたそれは、門田の真名だ。
 幼い頃よりずっと、ほとんどわかたれることなく過ごしてきたからこそ知る。
 静雄のそれを、容易く門田が呼ぶのと同じように。
 真名には意味がある。
 本来ならそう易々と口にしていいものではない
 それであるのに、今この時声高に静雄のそれを呼ばわった門田を、静雄は咎めなかった。
 屋敷内では意味のないことであったし、そもそもこの辺りには呪いが施してある。
 もし客がいたとして、それが効かない相手には秘すことこそが無駄であると、知っていた所為でもあった。
 門田もそれは心得ていて。
 だが、その顔には珍しく、躊躇いが浮かんでいる。

「いや、客が・・・来たんだが」

 言いよどむらしくなさに、静雄は笑った。

「かまわねぇよ」

 わからないはずなどない。

「だが、」

 何を・・・気遣っているのだろう。
 時折見せられるかどたの真っ直ぐな親愛が、静雄には妙にくすぐったかった。

「それに無駄だ。もう来てる」

 言いながらそっと、目を伏せる。
 高く、青い空。
 鮮やかな秋の彩りに、まるで似つかわしくない影が差した。
 気付いていなかったのだろう門田が、はっと後ろを振り返る。
 しゃらり。
 しゃらり。
 涼やかな鈴の音が微かに響いて。

「――・・・・・・お気づきとは。流石ですね・・・静仁様」

 静雄の銘を口にして。
 庭の先から姿を現し、密やかに笑んだその男は。
 ただ酷くー・・・黒いのだった。

 それが邂逅。
 あるいはきざはし。
 暗く、闇く、ただ黒い。
 影を落としこんだようなその男は、明るい陽射しに似合わなく。
 静雄の心にも影を落とす、まるで。
 まるで――・・・・・・ひたひたと。
 潮が満ちるように。

 秋だった。



To Be Continued...

作品名:仁羽 3 作家名:愛早 さくら