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しなやかな孤独

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しなやかな孤独



ひとりでいる時に、虹を見た。
雨上がりの、雲を少し刷いた水色の空に、不恰好に乱立したビルとビルの隙間を縫って、こちら側から、あちら側へと、架かる橋。
誰かが気づいて、声をあげる。
携帯をかざして、写真を撮る奴もいる。

一番に知らせたくなったのはあの人で、ああ、こういうことか、と思う。
美しいものをみて、それを共有したいと思うこと。
それがかなわないこと。

ひとり暮らしのアパートは築20年以上で、階段の手すりは元の色がわからなくなっているし、下から3段目はひどく軋むから、その内誰かが踏み抜くと思う。
2階の一番奥の部屋、名字を段ボールの切れ端に書いただけの表札がぶら下がっているドアに、ビニール袋が引っ掛けてあって、それを持って中に入る。
袋の中は手紙と保冷剤とプリンとスプーン。素っ気ない手紙には弟の名前と、また来ますの文字。
頭をがしがしと掻いて、プリンを冷蔵庫に入れる。
風呂がないので、近くの銭湯に週3回行く。昨日行ったから、今日は行かないつもりだった。
が、今日は汚れた。
その上、仕事を首になった。
仕事の邪魔をしてきたノミ蟲のせいで、暴れてしまった。
経緯を思い出すとむかむかとしてくるので、抑える。
銭湯に行く準備をして、昼間見た虹を思い出す。


 *******


  「えーと、太陽の光が、空気中の水滴によって屈折、反射されるときに、水滴がプリズムの役割をするため、光が分解されて複数色の帯に見える?」


雨のあとの屋上なんて、誰も来ないと思っていた。
涼しくなっていい、とあの人が笑う。
雲がまだ重く覆っていて、またいつ降り出すかわからないような空だった。
「授業、始まってます」
「お前もな」
すぐ隣に並んだ彼が、慣れた手つきで煙草とライターを取り出して、火をつける。
「先輩」
「んー」
「虹、出ないっすかね」
泣き顔を見られるのが嫌で、フェンスをつかんで、背を向けていた。
「見たいの?」
別に、どうでもよかった。
ただ、何か話してほしかっただけ。
「はい」
「晴れたら、見せてやるよ」
嘘だと思った。
どうでもいいとも、思った。
煙を吐き出しながら、手のひらが頭に置かれて、泣いてることはばれていた。
「駐輪場の横に、園芸部の花壇あるの。知ってる?」
「…しらねっす」
「お前らがさっき踏み荒らしてた」
「…あ」
赤い、小さな煉瓦がぐるりと囲っているのを、目の端にとらえていた気がする。
中に何が植わっていたのかは、知らない。
自転車を数台、投げ飛ばしたことも、思い出す。
雨に濡れて、ひしゃげていく。
ぎり、と唇をかむ。
「ま、それは置いといてさ。明日の予報は晴れだってよ」
虹、見せてやるから、朝、花壇のとこにおいで、と。
くわえ煙草で、先輩はにこりと笑って言った。

一晩、壊した自転車と、踏みつけた花壇のことを反省して、翌朝。
登校してすぐ、花壇に行ってみると、踏み荒らした形跡は残っていなかった。
その代わりに、ホースを持って立っている先輩がいて、ほら、虹。とこともなげに彼は言った。

「あ」

霧のように絞られた水が、さわさわと花壇に降り注ぐ。
そこに、ちいさな虹ができていた。
なんて子供だましな、と中1の自分は思った。
そして笑った。
この人は、俺の、なんてことない言葉を拾って、ここでこうして虹を見せてくれる。
小さな、小さな虹。
ついでに垂れた薀蓄が、屈折とかプリズムがどうとか、虹のできる仕組み。
きらきらと光る虹を、自分だけの宝物のように思った。


 *******


ひとりの夜、タオルと着替えを持って、近所の銭湯まで歩く。
安い料金で、深夜までやっていて、番台のミイラみたいなおばあちゃんは平和島静雄をただの若い常連客だと思っていて、居合わせる少ない客も年寄りがほとんどで、湯船につかってふは、と息をもらして落ち着く。
帰ったら、弟の差し入れてくれたプリンを食べよう。
壊れたままの携帯電話を復活させて、新しい仕事を探さなければならない。
まだ、あの人に会える自分じゃないな、と思う。
会いたいな、と思いながら、湯をすくって顔をたたく。
いつか、また、会えるだろうか。
あの人は、今日の虹をどこかで見ただろうか。


あなたのくれた、言葉のひとつひとつを、大事に胸に抱いているのです。
時折取り出してはかみしめて、それが俺を生かすのです。



作品名:しなやかな孤独 作家名:かなや