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硝子野かけら
硝子野かけら
novelistID. 17762
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最後のダンス

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もう怖くは無いのだと貴方が嗤う。
例えつかの間の夢であろうとも、
泡沫の想いと言えども今は貴方に身を委ねる。
その刹那、銃声が只一人、私だけを引き裂こうとも。

オーストリア=ハンガリー二重帝国の気高き皇太子ルドルフ、
1889年1月30日に避暑地、マイヤーリンクにてピストル自殺を図り急逝。
果たしてそれは絶望に耐えかねての旅立ちだったのか。
彼が辿り着く先は、一筋の光も無い常闇の深奥だったのか。

【Der letzte Tanz】

「父上、ですから私は・・!」

この帝国の終わりなどとっくに分かっていた。
愚行の果ての産物である、使用人だけが多いだだっ広い宮殿の中に居れば
自国の風評くらい把握出来る。
それが出来ない程私は愚かじゃ無い。

「畜生!」

——鏡に拳を打ち付ける。鈍痛が走り、紅い血が一筋つうと掌から垂れた。
ドナウ連邦を作りたかった。
老朽した帝国を存続させたいのなら、
諸民族への抑圧を多少抑える必要はあるのだと声を大にして言いたかった。
ずっとずっと、
母さんが僕の周りに居た、輝かしいあの頃から、堪えていた。
解き放たれたかった。
父上の束縛から。
嫌らしい嘘に塗れた友人から。
嬌声を挙げる汚らしい恋人から
———私の皇太子と言う権力に媚びを売る全ての者から。
偽りの者達、全てから。
かぶりを振るい、ふと視線を姿見へと向ける。
古びた勲章がカラリと音をたて、鏡の中の偽りの勲章と重なり合った。
————嗚呼、これも偽りだったのだっけ。
この勲章は結局私の軍服から外される時は来なかった。
私が皇太子だから、か。
名家ハプスブルク家の血筋だから、と軍服に付加された殊勲ならば、偽りも同然だ。
いらつき、それの先端に付いている針を軍服から無理矢理取り床に打ち付ければ、大理石に自分の鮮血が垂れているのに気づいた。
これは、偽りでは無いのだろうか。
自分の存在こそが虚偽では無いのだろうか?
そもそも私の存在が本物であると、
汚濁に塗れたまがい物では無いのだと誰が決めたのだろう。
私も偽りで、この世界も偽りで。
いつか何もかも崩れるのだとすれば、残る物は何。
残る物は、
——全てが終わった時、私を愛し、慈しんでくれる、
私にとって「永遠」になる者はーーー
それは。
姿見に映る自分を見つめた。最早それは自分では無く、青白い、この世の者では無いかの様な妖艶な美貌に満ち溢れた青年になっていた。

「君だね」

声が、震えた。無様にも震えた。
彼の手をそっと引けば、もやの様に鏡は溶けて中からいつかの青年が現れた。
青年は微笑みながら手を伸ばす。彼の懐からずっしりとした重厚なピストルが覗いた。

「君は僕との約束を守ってくれたね」
「当たり前だ。君が僕を呼んでくれたから来たまでだよ」
「君は、君は・・・・君は、ずっと、僕を愛してくれる?」

ゆっくりと彼は私の手を取る。皮の手袋がぬめりと私を浸食していく。

「うん。愛してあげる」

天井のシャンデリアがふわりと白昼夢のように輝いた。

「君と最後のダンスを踊ろう」

青年に手を取られる。抗う暇も無く、ワルツは始まっていた。
何処か脳髄に響く甘やかなオルゴールが鏡張りの広間に響き渡る。
不思議に安らぎに満たされていく、おかしい、ダンスは苦手だったのに。
彼のリードが上手いからだろうか、
それとも彼から滲み出る何かのせいだろうか。
もう良い、と思った。ふいに曲がその時に、止んだ。
自分がすべき事は分かっていたのだと思う。
ただピストルが見えて。彼の完璧な表情が、少し歪んで見えて。
彼と唇を触れ合わせ、銃声が聞こえた瞬間、私はぐらりと崩れ落ちた。
それが、最期、だった。

—————愛しかったのだろうか。
青年は亡骸を見つめる。唇が触れ合ったその時、彼は絶命した。
これで良かったのだ。永遠なる者は、ずっと私の手にある。
そして私も、彼の永遠なる者になれる。
トートは微笑む。背中の黒い翼がふわりと舞い散った。
「踊るなら選んだ相手と、踊りたい時に好きな音楽で」
踊りたい時に踊ろう。踊ってやる、
掛け替えのない、お前と。
亡骸の手を取り、彼はす、と一歩を踏み出す。
何時までも続く霊廟で、ずっと最後のダンスを踊ろう。
作品名:最後のダンス 作家名:硝子野かけら