最後の夜
真夜中、船の広い甲板の真ん中で一人大の字になり寝転がる男に声かけるとリーゼント頭の先は自分の方に向けられて視線が絡まり合いリーゼント頭の、サッチと呼ばれた男はひき締まっていた頬を緩めて、またいつものオメガという文字に似た、はたまたどことなく動物の口に似た口にした。
「何って見てわかんねぇか。星みてんだよ星」
お前も寝転がってみろよ、というサッチに対し、俺ァ星のことは詳しくねぇよい。と言葉返したが、ちゃんと言葉を聞いていたのか口端を丸めて両手広げた状態から片腕を上げて手の平を上下に上げ下げして手招きする動作から、その手を下ろし己の隣を叩く動作に続けて、「いいから来いって、マルコ」と言葉紡ぎ、マルコは溜息を零して渋々といった感じで隣に腰を下ろして身を倒せば、視線は当然真上に上がり瞳に映るものは満天の星空。
「な?」
何か満足げなサッチは同意を求めるように言葉をかけるが、マルコは特別星が好きなわけでもなく、綺麗といえば綺麗だけどねい。と曖昧に言葉を返し僅かに身体を蝕んでいく睡魔に手の平を口の上に乗せて、欠伸をすれば口の上に乗せた手を何かが掴み、ずしりと下半身にかかる重みに眉を寄せた。
「何がしてぇんだよい」
手を掴んで下半身の太股あたりに跨り見下ろし視界を遮るのはサッチだった。
「つまらなさそうだからよ」
「意味がわからねぇ、なんでこうなんだ」
「おれがそうしたいからだろ」
あまりに自己中な言葉に、つい唖然としたマルコ。
だがサッチといえばお構いなしに顔を近づけて額に唇を押し付けるものだからマルコは理解できないこの行動の連続に眉寄せて不機嫌そうな表情しか浮かべることしかできずに、髪に当たる、前に突き出したリーゼントの髪を掴んで口端を吊り上げた。
「離れないと燃やすよい、」
「それは勘弁してくれ」
顔を離したサッチの口端が引きつる姿にマルコは薄く笑みを浮かべて髪掴む手の力を緩めて離せば潔く身体を離して隣に座ってマルコは身を起こすと床に手をついて立ち上がり再度欠伸を零せば目に入る此方を見上げるサッチの視線。
「おれァもう寝るよい」
「おう、」
「サッチは寝ないのかい」
「もうちょっと外を眺めていてェ」
「なら風邪引かないようにしろよい、親父が心配するだろい」
「マルコは心配してくれねェのか」
「おれが心配するように見えんのかよい」
そういえば笑うサッチ。何が可笑しいのだといいたくなったが言わずに言葉を止めて前開いたシャツを翻して、もう寝るよいとだけ言い部屋の方にと足を勧めるが
「マルコ」
と声を掛けられて足が止まったが振り返らずに立ち止まったままでいれば背後から「風邪引くなよ」という言葉がかけられたがマルコは片手を挙げて振るだけでそのまま手を下ろせば部屋へと戻りその姿は見えなくなりサッチはそのマルコの後ろ姿が見えなくなるまで見つめ見えなくなると天仰ぎ、瞼を閉じた。翌日騒々しい様子に叩き起こされたマルコは不機嫌に頭を掻きながら部屋を出ると甲板には大勢の仲間たちが集まりその仲間たちを掻き分けその中心へと向かえば中心にはサッチが大の字で赤く、まるで赤い液体の絨毯で寝転がっていた。
「………サッチ、何してんだよい」
サッチからの返事はない。
「何がしてぇんだよい」
返事はなく、同時にマルコの言葉もまた、騒ぐ仲間たちの声にかき消されマルコはその場に呆然と立ち尽くし、昨夜と同じ格好のサッチの姿を見下ろして言葉を失くした。