将棋とお友達
「どうした、荒々しいじゃないかシカク」
声は穏やかでどことなく笑いも滲んでいて、その声も耳に覚えあり無数の糸の束を掴んで横に引っ張れば痛みに呻く先程と同じ声が耳に入り掴んでいた束が上に引くと束に隠れていたのか顔が露となり、表情が歪んでいたのが見てとれた。
「…あ、悪ィ。まさか、いのいちだとは思わなくてよ」
「なんだと思ったんだ、一体」
「いや、何とも思ってねぇが目の前にあると引きたくならねェか?」
「少なくとも俺はそういう衝動に駆られることはないな」
「そうか、」
「あぁ、そうだ」
淡々と話しは進み長い髪を一つに結い深い緑の色をした木の葉ベストの上から赤い色の羽織をした、いのいちと呼ばれる男に紺色の着物を身に纏い髪前髪も含め髪を一つに上で縛り顔や体にいくつか傷跡残したシカクと呼ばれる男は久しぶりだというのに、相変わらず互いの変わらぬ様子に、互いに安堵し、肩を揺らし笑うといのいちは、仁王立ちのまま寝転ぶシカクを頭上で見下ろし、見下ろされるシカクは見下ろされる居心地が悪いのか床に手をついて身を起こし後ろ頭を掻いて。
「そういやどうした、俺になんか用か?」
「いや、特に用ってわけでもないが久しぶりに会いたくなってな」
相手の言葉に目が見開いたのが自分でも分かったであろう。いのいちはその相手の些細な変化に気付いているのかいないのか定かではないが隣に腰掛けようと胡坐をかいてみせるが足で己の髪を踏んだようで少し腰をあげて踏んだ髪を避難させると今度は踏まないようにと横に払い、改めて座りなおした。
「珍しいな、お前から俺ん家にくるなんてよ」
「俺はお前みたいにいつも将棋とお友達、というわけにはいかないんだ。花屋だからな」
「いのいちよォ、俺は毎日仕事せず将棋をしてるわけじゃねぇだろ」
「将棋とお友達じゃないとはな、初めて知ったが?」
相手の言葉に言い返せず言葉詰らせ後ろ頭掻いたがその手を止め一旦下ろすと、見つめた。
「見ても俺の意見は変わらないぞ、シカク」
意地悪に肩揺らし笑ういのいちを瞳に映し、手を伸ばせば筋ばった手は相手の胸元あたりに手をあてそのまま体を押せば簡単に体は倒れていのいちは体を起こそうと手の平を畳みにあてるが、そんなこと許すはずなく手を掴めば掴んだ位置を手首まで下ろすと手首を相手の顔横に押し付け覆いかぶされば、目を丸くしたいのいちが怪訝そうに見上げ、冗談が過ぎるぞと言葉零したが、その言葉を気にすることなく流せば顔を近づけて鼻先を相手の鼻に当てた。
「おい、近いぞ。というか、シカク、近いといえばお前の息子もいのちゃんに近すぎだ」
余裕があるのか、警戒すらしない相変わらずの娘に対する親ばかな言葉にシカクは目を丸くしてすぐに噴出し笑い、当てた鼻先を離して、そのまま近い距離のまま見つめてゆっくりと、唇との距離を縮め、唇を重ねるとすぐに離した。
「そりゃぁ、俺の息子だからよ、遺伝って奴だろ」
「困った遺伝だな、」
「だが嫌いじゃねぇだろ、いのいちよォ」
「俺は長年お前らに付き合ってやってきたからな。嫌いだったらこうも続かないだろう」
そういって笑う悪戯な笑みは少年時代と変わらぬ笑みでシカクもまた同じように笑みを浮かべると「ちがいねェ」と言えば満足そうに笑みを深めたいのいちが見上げて口を再度開いた
「そろそろ離してくれ、チョウザが待ってる」
「あ?チョウザ、玄関にでもいんのか」
「いや、店で待ち合わせしていてな。久しぶりに飲みにでもいこうじゃないか」
誘いの中にはもう一人、シカクといのいちの親友のチョウザという男の名が入っていて言葉に対し口端を吊り上げたシカクは押し付けていた手を離して体を離し立ち上がればいのいちもまた畳みに手をついて上半身起こしそれから立ち上がると赤い袖なしの羽織を翻し目の前の襖に手を開いて背に立つ男に呟いた
「ほら行くぞ、シカク。それとも残るか?」
俺はそれでも構わないがと笑い滲ませた言葉にすかさず言葉を返すのか、
「馬ァ鹿、折角の酒だ。断るわけもあるめェよ」
襖を開いたいのいちの隣まで足を進め、互いに笑みを浮かべるとそのまま足を前に出し歩き出した。