茜色に染まる空
他の子が言っていた
「憂ってさー、ほんっとお姉ちゃん好きだよねー。」
「うん、だってお姉ちゃん可愛いんだよ?」
「なんかさー…憂って、……危なげだよね」
その会話のやり取りが頭から離れない上にまるで壊れたラジカセのように何度も何度も、同じ場所ばかりを終わりなく繰り返している。
「あれー、憂、帰らないの?」
気付けば窓から見える景色は茜色に染まり、放課後に外で部活をする部活生の姿もなければ声も聞こえない。一方の私がいる教室内といえば、机と椅子がセットで綺麗に場所決められ配置されて、移動する場所はその机と机の間しかなく、その唯一の狭いスペースもいつもならばテスト期間でもなければ必ずといって自分の友達と無意識にグループ作り話しているクラスメイトの存在もあるせいか、狭く感じる教室も、自分残して誰一人いない室内は静まりかえりやけに広く感じた。視線を窓の方へと向けると窓から入ってくる茜色の夕日の茜色の陽の光が窓際に配置されている机と椅子を同じ茜色に染めていて、窓際とは正反対の位置の私からすれば眩しいくらいで瞳を細めて視線を窓の方から前へと戻せば見知った顔が視線の先を阻んでいた。
「お、お、お、お姉ちゃん?!」
つい、声が大きくなる。
「憂ー、遅いよ、さっき声かけたのに」
聞こえなかった?とお姉ちゃん。だが全く声をかけられたことにも、ましてや存在すら気付いていなかった私が否定するわけにもいかずに、眉尻を下げ眉をハの時にして首を縦に動かして頷き肯定を示すと、お姉ちゃんの唇は前に突き出すように尖らせて、子供のように不満を露にしたが、それが余計罪悪感を募らせるばかりで一度だけ、ごめんね、と謝罪の言葉を述べて目を伏せた。すると、頭に僅かな重みを感じた。その重みがすぐにお姉ちゃんの手だと感じたのは温もりが、じんわりと頭部に伝わる重みが右に流れ、左に流れ、と撫でる動きをしていたからでその心地よさに目を伏せたまま頬を緩めると、お姉ちゃんは手の平を左右に流して撫でる動きを止めて、子供をあやすように頭を痛くない程度に軽く、ぽんぽんと数度叩くように撫で手を下ろした。
「憂、帰ろうか」
「…うん、」
「ほら、家に帰ったらアイス食べないと」
「お姉ちゃん、それはご飯を食べてからね。」
立ち上がると膝裏で椅子を押したようで、椅子は床をがたがたと音を立てながら押された分、床の上で後ろに後ずさり机の上に置いた若干の膨らみ保つ鞄の持ち手に手をかけて持ち上げると、お姉ちゃんの瞳が少しばかり丸くなるのを視界に入れて私はその光景に疑問符を頭上に上げた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「憂……それ、…持って帰るの…?」
手の平を前に出して親指と人差し指を立て他の指は折りたたみ、指先を私の鞄に向けた。
「うん、だってテスト勉強前しなきゃ。といってもまだ三週間前だけど」
「……あ、テスト!」
テスト、という単語を聞いたお姉ちゃんは一瞬だけ固く、ぴんと背筋を伸ばして表情までも凍りつかせるように硬直させると指差す手の平を下ろして折りたたんだ中指、薬指、小指を開いて自分の、いかにも何も入っていませんと主張しているぺったんこな鞄を撫でるように触り、暫し、無言が続いた――、かと思えば「まぁ、いいやギー太の練習しなきゃ」と背に担いだギー太と名づけられたギターが入っているであろうギターケースを見せるように背を向けて、暢気に声を弾ませて言った。それから扉の方へ向けて一歩足を踏み出して、右、左、右、左と足を動かして扉の足元を踏まないように扉の前で立ち止まり、ぴょんと飛んで跨ぐとスカート翻し振り返れば、私の方を見て、頬に手をあて笑みを浮かべて口を開いた。
「憂ー!はーやーくー」
その言葉に急かされて机と机の間のスペース通り同じように教室から出ると二人並んで廊下を歩くが会話はなく話題は、と考えていれば先に、続く無言の静けさを破ったのは、お姉ちゃんだった。
「憂ー、憂ってね、小さい頃からどんなに泣いててもさっきみたいに撫でたら泣きやんだんだよ」
憂はまだまだ子供ってことだなぁと笑う様子はなぜか誇らしげで自分は私よりも大人と言いたいということなのだろうか、私は態と意地悪く「お姉ちゃんだけには言われたくないよー。」と言えばお姉ちゃんはまた唇を尖らせた。だが小さな子供ではあるまいし歩くのに時間は掛からずに廊下は終わりに近付いて下駄箱が並ぶ玄関が見えると、自然と私とお姉ちゃんは別れてクラスごとに振り分けられた下駄箱の方にまで移動し。更にそのクラスの中で一人一人に振り分けられた仕切られたうちの一つ、つまり自分のボックスの前に立つと扉を開いて上履きを脱ぎ、上体を前に倒して片手を伸ばして人差し指で一足目、中指で二足目の上履きの中に指を入れてかかと部分に指をかけて上履きを持ち上げるとそれを開いたボックスの上段に入れると、変わりに下段からまた同じように二本の指をかかとあたりにかけて、茶色いローファーを取り出して開いた片手で扉を閉めた。それを持ち地面に置いて、それに足を通して履けば、丁度お姉ちゃんも地面にローファーを置いて足を通していたが、片足を上げて膝を曲げかかとに人差し指を突っ込むとバランス感覚があまりないのだろうか身体がふらついて若干前屈みになりながらも身体を倒さないように、と地面についた片足をぴょんぴょんとけんけんぱー要領で、けんけんぱーの、ぱー、なしで跳ねる様子に近付くとお姉ちゃんも私に気付き跳ねながら近付いて片手で私の肩に手をやり私はお姉ちゃんの両肩に手をあて身体を支えてやると、ぐらつきもなくなり、お姉ちゃんの浮いた片足は地についてようやく落ち着いたようで安堵の息を零した。
「もう、お姉ちゃん危ないよ」
「えへへ、転ばなくてよかったー」
相変わらず暢気な言葉に息が零れた。だがお姉ちゃんは気にした様子もなく玄関を出ると教室を出たときと同じようにスカートを翻し振り返り、そして、手を差し出した。
「憂、帰ろう」
手を差し出すお姉ちゃんと夕日が重なり夕日色に輝いているようで眩しくてつい目を細めるが零れるのは笑みで差し出された手に自分も手の平を差し出してその手を握り締めると自分の手の形と似た手の平の感触に包まれるが前と違うことはお姉ちゃんの指先で、指先は以前よりなんだか少し感じられたのは軽音部に入部しギターことギー太を弾いているせいだろうか。ぼんやり思い浮かべながら握ったままでいれば手を引いて歩き出すお姉ちゃんにつられ足を進めて隣に立つと夕日の光を浴び、後ろに二つの影を作り出す。いつの間にか、頭の中でリピートされていた会話も全て止まっていた。ただ至福の時が止まることなく、続いて再生されていた。