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世界の終末で、蛇が見る夢。

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『家系に対してかけられた呪詛(のろい)』…前例を知らないわけではない。その昔、地獄先生として初めて請け負った式鯰(しきなまず)の件もある。もうひとつの可能性として…もしかしたら、とんでもない大物かもしれない。それこそこの左手の鬼の比ではない、麒麟(きりん)や罔象女(みずはめ)のような……そんな神の眷屬が関わっているとしたら、とてもじゃないが太刀打ちできない。しかし、出来ないからと言って見捨てるわけにもいかない。現に彼女は怯え、助けを求めている。守らなければならない。いや、守ってみせる。
「きゃ…っ!!」
「薔子さん!?」
突然、キッチンの方から悲鳴と、金属の転がる派手な音が聞こえた。駆け込んでいくと、迸る水を抑えようと、蛇口を両手で押さえている彼女の姿があった。
「何事ですか!?」
「ああ、先生…蛇口が、急に外れて…!」
「とにかく、元栓を…!」と急かしながら彼女と場所を替わり、シンク下の元栓を締め、何とか事なきを得た。
二人してほーっと溜め息をつくと、まだところどころ水滴の残るその場にへたり込む。
「…本当に…ありがとう、ございます。先生が居てくださって助かりました」
「いえ、大したことでは…」
言いかけて、慌てて目をそらす。濡れて身体に張りついたワンピース、黒々とうねる髪の毛、細いあごをつたう滴――俺は目線を泳がせながら「あの、服、着替えてこられた方が」と言うと、彼女は濡れて首に張り付いた髪の毛をつまみ上げる。
「あ、ほんと、びしょびしょ…先生も」
「あは、…水も滴るいい男、とか?」
「まあ…」
かすかに過ぎったよこしまな感情を、軽口で意識から追い出した。そんなことは多分予想もしていない薔子さんはくすりと笑い、「ちょっと待って下さい」というなり軽やかな仕草でバスルームへ小走りに向かい、バスタオルと少し厚手のカジュアルなコットンシャツとTシャツとを差し出した。
「とりあえず、これに…行人さんのものですけど」
申し訳なさそうにそう言うと、「着替えてきますね」と言い置いて再びバスルームへ消えていった。
ネクタイを解き、濡れたYシャツを脱いでそれで体を拭き、借りたシャツにそれぞれ袖を通す。ほんの少しだけサイズが大きい。ということは、このシャツの持ち主は俺よりもちょっと大きいのか…。
「昔の男…か」
何気なく呟いて、自分が微かに嫉妬していることに気づく。…嫉妬、だって?
(付き合っている訳じゃなしに…なに考えてんだ。惚れっぽいのは認めるけど、限度があるだろうが、俺)
そう、己を叱りつける。ふと襟首に違和感を覚えて、首回りに沿って指を合わせていると、がさりと何かが引っかかる。
(…なんだ? クリーニングのタグか?)
襟を引っ張ってみる、と『それ』はかさりと取れた。葉っぱか何かと思って目の前に持ってきた『それ』は、先程までリビングで見ていたものと、微かにまとう妖気さえも全く同じものだった。
「……なんで、こんなところに…」
ほんの少しだけ銀粉の散った白い抜け殻。
まさか…消えた彼というのは、もしかしたら妖怪変化の類だったのではないだろうか? だとしたら、いきなり存在ごと消えてしまうというのは納得がいく。
そこまで思い、しかし新たな疑問が浮かび上がる。
(…しかし、だ。それならばなぜ薔子さんだけは覚えているんだ。一番深く付き合っていたのは彼女なのだから、彼女の記憶だけを消せば…いや、まっさきに彼女の記憶こそ消すべきなはずなのに)
忘れられたくないという気持ちの表れだろうか。人の陰から生まれ、人の思いに依拠して存在する物の怪の、どうしようもないそれは運命(さだめ)の一つだろう。
(けれど、仮にその彼が妖怪だとして…彼女の近辺で起こる騒霊現象(ポルターガイスト)はなんだ、何の意味がある? 誰が、何を伝えようとしている…?)
警告ではなかったのか? 警告でないとすれば、一体。

「ぃ……やああぁぁ!」

先程と似た、しかしずっと緊迫した叫び声に、俺は声の方へすっ飛んで行く。
「どうしましたっ…とうぉあ!」
仄明るいバスルームで、ほとんど裸に等しい格好の彼女が座り込んでいた。両腕で抱き締めたバスタオルから、柔らかな起伏がきわどい影になって見える。
俺は慌てて踏み入れた足を引っ込め、足を縺れさせながら入口に背を向け、壁に張りついた。
「だ、大丈夫です…か?」
肩越しにおそるおそる尋ねると、やや間をおいて「……すみません、どうぞ入ってきてください。もう、平気です…」と震える声で返事があった。着替えたんだと安心して再び室内へ向かうと、彼女は先ほどとまったく同じ姿でそこにいた。
俺はこんどこそ転ばなかったのが不思議なくらいの絶妙なバランスで身体の向きを変えた。その瞬間、「待ってください!」と引き止める声。
「お願いです、おねがい…私の体を、見て下さい」
状況が状況でなければ、男としてこれは千載一遇のシチュエーションか。しかし彼女の必死に縋る声音は、甘い雰囲気を否定する。
それでも、どうしようもなくどぎまぎしながら、こちらに向けられた無防備な背中を見た。総レースのショーツだけで、あとは何も身につけていない裸の背中。
想像以上にきれいでなめらかな、白い、背中。
「ウロコが…」
「え?」
「いま、いま背中に一面、蛇の鱗みたいなのが浮き出て…。背中だけじゃ、なくて…顔、にも………触ってみて下さい、お願い…」
語尾は今にも泣き出しそうに震えている。いや、こちらから見えないだけで泣いているのかも知れない。
思わず抱き締めたいという衝動に駆られた。ぎゅっと抱き締め、頭を撫でて、「大丈夫、心配は要らない」と言ってあげたかった。けれど、彼女は俺のクラスの子供じゃあない。俺よりも年上の、大人の女性。
駄目だ、これ以上は…でも。やっぱり何とかしてあげたいという思いの方が勝った。
俺は乞われるままに近づいて右手を伸ばす。触れた瞬間ぴくりとする冷えた背中を、指先でそして手の平で、見た目通りに滑らかな肌を努めて職人のように撫でていく。
どこにも鱗などない。それどころか柔らかくて気持ちいい。
「…大丈夫です、鱗なんてどこにも…綺麗なもんですよ、うん、きれいきれい…」
安心させようと思い、わざと明るい口調で言いながら背中をぺちぺち叩いて、…すぐに馴れ馴れしかったかも、と気づいて手を離す。
「じ、じゃあ、俺はむこうに行ってますから…早く何か着ないと、風邪、ひきますよ」
「…鵺野先生」
そそくさとその場を去る背中に、小さく彼女が声をかける。
「は、はいっ?」
叱られる子どものように直立不動の姿勢をとる俺へ、
「…ありがとう、ございます」
温かく柔らかく。
その綺麗な言葉で唐突に自分の想いを確認した。
俺は、この人が好きなんだ、と。