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サイレント・ソング

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朝日に反射して、窓辺に舞う埃がきらきらと輝いていた。
デザイナーズマンションの一室。大きく造られた窓から差し込む光の眩さに、臨也は小さく目を細める。
光を反射させている窓に背を向けて、それから臨也は昔自分の使っていた椅子に腰掛けている男の金髪を撫で付けた。
さらさらとした感触が臨也の指先を擽る。その美しい作り物の髪の毛は差し込む朝日に照らされて琥珀色に鈍く光っていた。そのまま指先を滑らせて、臨也は男の艶やかな頬に触れた。
指先に引っかかりひとつ見出せないその肌は、生まれたての赤子のようにすべらかだ。
とくりとくりと指先を弾ませる鼓動も、冷え切った臨也の指先を暖める吐息も、そこには存在しない。
その代わりに、彼の肌が吹き出物を作り出すことはないし、彼の髪を放っておいたからといって黒く染まることもない。
彼は永遠に、このうつくしい姿を維持しつづける。美しい人形。自身のためだけに存在した、世界でたった一つきりの臨也の人形。
てらてらとした肌を撫で付けてから、臨也の手はするすると彼の胸元まで下りてくる。きっちりとした着物の胸元をわずかに乱して、臨也は心臓の辺りにてのひらを重ねた。鼓動の聞こえないそこは頬と同様にひんやりと冷たいままだ。
機械オイルと、臨也にもよく判らないエネルギーによって動く彼の機能のすべてが今はすっかり停止している。
冷たい肌に体温を奪われて、臨也は小さくため息をついた。
そのまま彼に着せている真新しい白い着物の胸元をしっかりと合わせなおす。新調した青い模様の入った羽織は彼の膝元に掛けたままだ。臨也はそれも着せるべきかしばらく逡巡して、結局そのまま彼の膝元に掛けておくことにした。
必要ならば、どうせ後からアレが掛けてやるだろう。
真白い着物とつめたい指先、青白いとさえいえるような透き通る肌の色に、まるで良く出来た死体そのものだと臨也は口元を歪ませる。現代の修復技術でつなぎ合わせたといわれたら、まるで信じてしまいそうな。
折原臨也の情報網と、幅広い人脈を結集させ、金を湯水のようにはたいて作られたそれは、平和島静雄にとても良く似た精密人形だ。臨也の親友だった男はきっと反吐が出るねと笑ってはき捨てるだろうし、彼の親友が見たら悪趣味だと怒るかもしれない。
もう随分と長い間顔をあわせていない二人の反応を思い浮かべて、臨也は喉を鳴らしてくつくつと笑った。
悪趣味だといわれたら、そうだねと返せる程度には臨也だってそれを自覚している。こんなのは悪趣味だ、本当に。
折原臨也の日常から平和島静雄が居なくなってもう随分たつ。
こんなものを作ろう、そう思い立つ程度にはあの頃の臨也は若かったし、こんなものが造られてしまうほどにはあれから時間が大分過ぎ去った。
そしてこれが、どうあがいてもどう改良しても自身の望む「平和島静雄」足りえないと理解する程度には自分もまた、年をとった。
目の前に座らせた人形の腕を取る。精緻な機械の詰まっているそれは、臨也が想像していたよりもずっと重く、ずっしりと臨也の腕にのしかかった。
臨也はその腕を眼前まで持ち上げることをあきらめて腰を折り、その機械人形の指先をべろりと舐めた。
さらりとした人工皮膚の感触に、くらりとした眩暈を覚える。
苦い味が舌先に残って、これが人間でもなんでもない、ただの作り物だということを臨也に告げていた。
「うん、だって君は、シズちゃんじゃないしね」
臨也はぽつりと呟いて、彼の指先から唇を離した。
「でもね、けれど、俺だって」
唐突にピィィと甲高い音が鳴って、臨也の言葉をさえぎる。吐き出されなかった言葉を空気ごと飲み込んで、臨也は顔をあげた。
ここに居るもう「ひとり」のアップデートがすべて完了したのだ。
これで、折原臨也の持つすべての情報網はすべて、もう一人に共有されたことになる。
「これで、終わりだ」
折原臨也はひとりだった。すべてが終わったあの日からずっと折原臨也はひとりだった。
戦争に後悔は何一つなかったけれど、こんな人形を二体も作ってそばに置く程度には、臨也は寂しかったのだ。
口に出したことなど一度もなかったけれど。
しかしそれも、もう終わりだ。これで『情報屋、折原臨也』は居なくなる。折原臨也はただの人間に戻る。
そんな甘い戯言を口にするには臨也はもう随分と酷いことを重ねてきたけれど、それでも。
カタン、と音がして奥の階段から、臨也に良く似た男が降りてきた。
「完了しました、マスター」
臨也と同じ声色で、臨也と同じ顔をして、臨也と同じ瞳の色をした、真っ白なコートの男に臨也はいつも通りの嫌味な笑みを浮かべた。
「はい、お疲れ様。じゃあサイケ、津軽をよろしくね」
「…連れては、行かれないのですか」
「いかないよ。だってシズちゃんじゃないもの」
すべてをなくした男は、そういって満足そうに笑った。
「だから、これはサイケにあげるよ」
舌先に残る苦味をかみ締めて、臨也は手に取ったままだった津軽の手を元の位置にゆっくりと戻した。
折原臨也は今日、ここを出て行く。
作品名:サイレント・ソング 作家名:水瀬夕紀