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メタボリックシンドローム

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つんつん。
 普段はスーツとYシャツの中に大切にしまいこまれている為、滅多に日に当たる事のない、つるりと滑らかな皮膚を突いて、綱吉は大げさに溜息を吐いた。

「はあ……」
「なに、文句あるの」
 溜息に反応して不機嫌そうな声を上げる雲雀を、綱吉はちらりとだけ伺って、明らかに不満げな顔をして何でもありませんと答える。
「その態度気にくわないんだけど。咬み殺すよ?」
「俺だって気にくわないですよ! どうしちゃったんですかこの腹は!!」
 雲雀の言葉に綱吉はがっと顔を上げて、惜しげもなくさらされている腹部をツンツンと突きながら声を荒げた。
「俺の愛しの腹筋はどこに行ったんですか! 俺の六つに割れた腹筋は? あの逞しくてときめいちゃう雲雀さんの腹筋を隠しちゃったこの肉が憎たらしいです、咬み殺す!」
「……君も、随分とかわいくなくなっちゃったね」
 綱吉の勢いに雲雀は一歩下がって、背中にクッションを挟んで姿勢を倒した。

 昔はびくびく震えてたり遠慮してたりで、もうちょっとかわいげがあったんだけどな。
 雲雀の小さな呟きも綱吉は拾い上げて、一歩下がった筈の雲雀に尚も近寄って、その腹に乗り上げる勢いで顔を近づけていった。
「どれだけ前の話をしてるって言うんですか。付き合いも二十を過ぎれば遠慮なんてクソの足しにもならない様な物、何時までも持ってないですよ。今更初々しさなんていらないでしょ? そんな事よりこの腹です。俺の愛しの腹筋!」
 伸ばされていた雲雀の足、腿の上に跨いだ格好の綱吉は、雲雀の腹をつついたり摘まんだりしながら、その口からは不満の声を洩らし続けている。
「今だって腹筋はあるよ?」
「それを上回る脂肪があるのがよくないんです! にくダメ!」

 目が会うたびに怯えてたような時まで戻れとは言わないが、もうちょっと雲雀に気を使っていたくらいには戻れないだろうかと、雲雀は考える。いつの間にかながく長くなってしまった付き合いの中、気を使ってくれていた筈の綱吉の態度は、今ではすっかり図々しくなってしまった。案外頑固で、自分の発言を押し通す綱吉を説得するのが面倒になって、よほどひどい時以外放っておくようになったあたりから、態度が悪化して行ってしまったようにも思える。
 綱吉に遠慮がなくなった分、組織同士の話し合いの時などは真っ直ぐに主張するようになって、スムーズに会議が進むようにはなったが、それ以外は面倒が増えてしまった。すっかり日本よりもイタリアくらいが長くなってしまったとはいえ、日本の素晴らしき諺に【親しき中にも礼儀あり】がある事を、今度頭に叩き込もうと雲雀は決意した。

「運動……はこれ以上ないくらいしてるよね。いい加減よせって言うのに第一線で戦ってるし、匣見つかれば俺なんか放って地球の裏側だっていくし。この前なんか骸とはち合わせて屋敷のエントランス半壊させたし……ってあ、あの修理費最低半額は風紀に回そう。草壁さんも胃に穴があかなければいいけど……」
「ホントにかわいくない……」
 雲雀の小さな呟きは今度は、何時までも飽きずに雲雀の腹に意識を集中させている綱吉には聞こえなかったらしく、今は人の腹を見つめながら腕を組んで考え込んでいる。
「やっぱ酒の飲み過ぎかな。日本酒ばっかり水のように飲むもんな。草壁さんに頼んで減らしてもらわなくちゃ……」

 聞こえて来る言葉は物騒で、それは阻止しないと、と顔を顰めていたら、突然綱吉が顔を上げてかなりの勢いで雲雀の両肩に手をついた。
 あまりの勢いに上体を押されて、それでも何とか留まる。片手を横について身体を支え、身を乗り出している綱吉の腰をもう片方の手で支えながらなにと問えば、綱吉は泣きそうに顔を歪めて叫んだ。
「雲雀さん、お願いだから俺を置いていかないでください!」
「はっ?」
「だってメタボで、動脈硬化に心臓疾患……糖尿病! 俺糖尿病の介護なんてできないです。雲雀さんだって俺にインスリン注射されたら怖いでしょう!?」
「うん、とりあえず落ち着こうか」
 雲雀の言葉は、もはや欠片も届いていない。雲雀の両肩に当てられていた腕はいつの間にか首筋に縋りついて、綱吉は俺より先に死なないでとべそをかいている。
 仕方がないから雲雀は、身体中の酸素を全部吐き出してしまいそうな深い深い溜息をついて、綱吉の腰を支えていた手で、ぽんぽんと背中、心臓の裏辺りを叩いてやる。
 ぐずぐずと、いい年して声を湿らせている綱吉は雲雀の首筋に額を押し付けるようにしながら、俺より先に死んだら骸と一緒に埋めてやりますからと、想像するまでもなく鳥肌が立ちそうな事を呟いた。
 首を振って不快さを振り払った雲雀は、腕の中に収まってすり寄って来る綱吉と、己の位置を思い出してパチリと瞬きをした。

「ねえ沢田、君を残して逝ったりはしないから泣かないでよ。君が協力してくれるって言うなら運動だって頑張るからさ」
「本当ですか! 俺いくらだって協力しますよ!!」
 途端に顔を上げて、キラキラと希望に満ちた表情で見つめてくる綱吉に、雲雀は殊更美しい表情を作って微笑んだ。
「うん。……じゃあ今から始めようか」
 何年たっても雲雀の笑顔に骨抜きにされてしまう綱吉がうっとりしてるうちに、雲雀は綱吉の背を叩いていた手で脇を、もう片方の手で肩を押した。
「え、ちょっと!」
「ここがベッドの上で、君がわざわざ僕に縋りついて来てくれたって言うのに、運動しないって手はないよ。健康の為っていうしいくらでも協力してもらうから」
「え、待って! ホント待って、雲雀さーん!!」
 すっかりふかふかのベッドに沈みこんだ綱吉の言葉は、楽しげに微笑む雲雀の耳には届かない。
 【口は災いの元】という、日本の素晴らしき諺を頭の中にリフレインさせながら、綱吉の意識はふかふかのベッドの海と雲雀の掌に沈んで行った。