どこか遠くの私<完結>
そう呼ぶ君の幼い声が、
まだ頭に残っている。
なあ鋼の。
仕事しているときも、
食事をしているときも、
家に帰ってからも、
何をしていても頭から離れない。
私はどうかしてしまったんだろうか?
君がロックベルのお嬢さんと結婚すると聞いたとき、
何故だかものすごく嫉妬した。
結婚式での君の幸せそうな顔を見ていると、
祝福してあげたいのに、
どうしても胸がひどく痛む。
君のことが、好きだったんだよ。
愛していたんだ。
ずっと私のものだと思っていた。
ずっと軍の狗として私の管轄内にいると思っていた。
…まあ、告白もしていないのだから、それは私の勝手な考えだ。
しかしあの戦いで、君は“鋼の錬金術師”ではなくなった。
普通の少年になってしまった。
そしていまはごく普通の生活をして、ごく普通に成長している。
国家錬金術師のまま、軍属のまま過ごすよりは、
君の人生はとても充実したものとなるだろう。
その幸せを、
思いっきり心の底から祝福してあげたい。
…しかし何だこの満ち足りない感じは。
「准将、俺、ウィンリィと結婚するんだ」
そう報告しに来た君は、
もうすっかり大人の男になっていて、
軍の狗だった頃の幼い雰囲気は微塵も残っていなかった。
やっと私につりあうようないい男になったと思ったら、
もう、結婚までする歳か。
「…そうか」
そのときの私の返事はこうだ。
瞬間、君がとても悲しそうな顔をしたのを覚えている。
まるで、「何で祝ってくれないんだ」という顔。
「…じゃあ、それだけだから」
そう言って君は出て行ってしまう。
…嗚呼、すまない…
言えなかった…
これでは君を傷付けるだけじゃないか…
言えなかった…
結婚式当日、
本当に幸せそうな二人。
「おめでとう」と言ってあげたい。
「お幸せに」と言ってあげたい。
しかし無理だった。
本当に私は酷い男だ。
いつまでも引きずって、はっきり言えやしない。
だめだ。
このままじゃだめなんだ。
一番大切な人間に、
幸せになってほしいのは当たり前なのに。
ヴァージンロードを歩く二人。
目の前に来たときに、私は意を決して言った。
「おめでとう」
…
君はすごく驚いた顔をした。
そして、
「ありがとう」
そう綺麗な笑顔で返してきた。
嗚呼、泣きそうだ。
嬉しい、悲しい、寂しい…
いろんな感情が混ざりに混ざって、溢れそうになる。
堪えろ。今はその時ではない。
今は精一杯祝福するんだ。
「おめでとう」
何度言っただろうか。
喉が嗄れるほど、
今までの葛藤をすべて清算するように、
私は言い続けた。
これで、踏ん切りがついた。
……と思ったのだが、
どうやらそうもいかないらしい。
家に帰って、一人寂しく食事をする。
風呂に入って、さあ寝るかというときに、
手が勝手に動いた。
そのまま、ベッドのそばに置いてある電話の受話器をとった。
番号を入れ、しばらく待つ。
……………
「はい?」
受話器の向こうの愛おしい声。
少し息が荒れていた。
しまった。もうこんな時間だし、きっと夫婦で初夜を過ごしていたに違いない。
「すまない、こんな時間に」
「いや、いいよ。…で、どうしたんだ?」
「…好きだ。愛している」
ガチャンッ。
それだけを告げると、乱暴に電話を切る。
…何をしているんだ私は…
こんなことしても、何の特にもならないのに…
ジリリリリリ…
…電話…?
こんなときに誰だ?
ハボックだったら明日焼き殺してやろう…
ガチャっ
「はい」
……
「もしもし?」
………――――
「今更遅ぇよ。…あんたが俺好きだったの知ってるよ、ロイ」
プツッ。…ツー…ツー…
頭が真っ白になった。
いまのは…
エドワード…―――――――
嗚呼。
もうだめだ。
我慢できない。
涙が止まらない。
愛おしいエドワード。
君にとっての私は眼中にないほど遠い存在だと思っていたのに、
その言葉で救われた。
たとえ冗談だったとしても、
この上なく幸せだ。
エドワード、おめでとう。
幸せになるんだぞ。
二人の愛が永遠であることを願って。
私は、いつでも見守っているから。
<end>
作品名:どこか遠くの私<完結> 作家名:karigyura