馬鹿ばっかり
「…刻みつけたかったんだ、男鹿の中に。僕を。」
それ対象が男じゃなかったらちょっとエロい台詞だな、なんて茶化してしまえる雰囲気ではなかった。古市は内心辟易とする。過去についてのあれやこれやを、古市の口から語る気は一切なかった。
言ってしまえば古市は、所詮第三者でしかなかった。男鹿を通して知り合った友人だと古市は三木を認識していたが、だからといって古市では当事者になり得ない。何より三木が男鹿しか見えていなかったからだ。
「ずっと、ずっと、憧れていた。追い付きたくて、並び立ちたくて、あの誰にも屈しない背を預けられるような存在になりたかった。」
三木にとっての男鹿は、始まりも終わりも強さで出来ていた。強さありきであったから、三木は古市の立場を羨むことはなかった。
古市にとっての男鹿は、まず第一に馬鹿でどうしようもない奴であったから、古市は三木のように強くなることは望まなかった。
古市からしてみれば、男鹿みたいな男に憧れるような要素は微塵もない。けれど、わかりやすく強い同性というものに、男は惹かれてしまうようだ。
憧れるのが悪いわけではないけれど、三木という前例から山村に対して、ああまたかと思ったのも事実だ。
男鹿は自分の周囲になんらかの特別性など、求めてはいない。ハードルをあげるのは、何時だって周りにいる人間たちだ。
現に、弱かったころの三木の為に、男鹿は行動していた。
例え口では知らぬ存ぜぬと言ったって、そう言うたびに男鹿にとっての三木の存在の大きさを古市だけは感じ取っていた。
何が刻みつけたい、だ。充分すぎるほど、古市が腹立たしくなるほど、男鹿の中に三木は存在しているではないか。
男鹿は善人ではないし、正義のヒーローでもない。しかし、絶対の悪でもなかったのだ。
けれどあれから、自分がどう見られているか関心を持たない男鹿は、ますます悪に見られることに違和感を覚えなくなった。もともと男鹿に対する周囲の眼は畏怖や侮蔑に満ちていたのが、さらに酷くなった。
男鹿の平然とした顔は演技ではなく本心であったのだろうけれど、気にしていないから構わないという問題でもないのだ。
「…なんで、それを俺に言うわけ?」
「古市くんだから、聞いて欲しかったんだ。」
再会してからこちら死んだ魚のように濁っていた眼は、すっかりと真っ直ぐで真剣な昔のものへと戻っていた。
一人だけすっきりした顔しやがってとわずかに恨めしく思うが、その変化を嬉しくも思う。
結局、どんなことがあろうと、男鹿とともにあり続けるように、古市にとって三木が友人であることに違いはないのだ。