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遊ジャで遊星△

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今日も今日とてポッポタイムのガレージの中では遊星とブルーノが新しいエンジンの開発に勤しんでいる。先日再びアルバイト先をクビになったばかりのジャックは壁にもたれかかって黙っていることしかやることがない。ジャックの役割は新エンジンの人体実験や、肉体労働だ。手先が器用なわけでもなく、遊星やブルーノのように専門知識も身につけていないのだから仕方がないといえば仕方がないのだが、やはり退屈極まりない。遊星もジャックの無能さは当然知っているから、話しかけるなと以前釘を刺されてしまった。油やほこりに塗れながら、熱心に意見を交わしている様を見るのはまるで彼らと自分の間は薄い、しかし超えられない膜で仕切られてしまったように思える。スクリーンの向こうの役者を見ているような、決して手の届かないものを目前で見せられているような気分になる。それでもジャックがどこへも行かず、遊星の動きを観察し続けているのは、彼の指先が器用にものを作り上げていく様が好きだからである。昔からなんでも自分で作ってしまう男だった。父親は研究者だと聞いたが、その血の影響が濃いのだろう。幼い頃から遊星はジャックよりずっと器用だった。その点だけは遊星に負けっぱなしだったことがジャックは気に入らなかった。しかし相反するように、遊星が褒められると、自分のことのように嬉しくもなった。工具を器用につかい、部品を組み立てていく遊星の無骨な手。あぶらにまみれた手はサテライトとシティが繋がっていても全く変わらない。細かな部品をそっと拾い上げ、優しく落としていく。ばらばらだったパーツが遊星によってひとつの形をつくられていく。ごくりと喉が自然と上下していたことに、ジャックは気付かない。ただ喉が渇いた、とだけ思う。コーヒーを淹れようと思った。向かいのカフェに行く気は不思議と起こらなかった。散々クロウに説教されたからかもしれないが、今日は自分で淹れようとおもったのだ。壁から背を離し、キッチンに向かう。名残惜しそうに視線が遊星を追っていた。こちらのことなど見向きもしていなかったように見えた遊星の蒼い瞳がうごいて、目があったような気がしたが、次の瞬間にはもう視界から外れてしまった。
 湯を沸かすのには未だ馴れない。袋をあけ、目分量でコーヒーを淹れるインスタントのコーヒーの味は懐かしさを感じさせる。もっとも、サテライトの頃はもっと薄いコーヒーしか飲むことができなかったけれど。あの頃も遊星はDホイールを作っていた。徹夜もよくしていた。飲めないくせにコーヒーを要求する彼に、ジャックはミルクでめいっぱい薄めたカフェラテをつくってやっていた。ミルクでうすまったぬるいそれを飲みながら、遊星は少しだけ口角をあげて微笑んだ。しゅんしゅんとヤカンから蒸気があふれ出す。インスタントの粉を入れたカップに注ぐ。冷蔵庫からミルクを取り出す。スプーンをしずめてくるくると回す。ジャックはようやく、自分が2杯ぶんのコーヒーを淹れていたことに気が付いた。片方は自分の飲むブラック。もう一方は遊星に昔作ってやっていたものだ。思い出に浸ってしまったことを少しばかり後悔しながら、ジャックは2つのカップを持ってキッチンからガレージに戻る。本当はブルーノのぶんも淹れてやるべきなのだろうが、面倒くさかったので我慢して貰うことにする。
 ジャックが戻ると、ちょうどからんと外へ続く扉の閉まる音が聞こえた。ガレージで、ノートパソコンに向かってなにやら打ち込んでいるのは遊星ひとりだけだ。ブルーノは外に出て行ったのだろうか? ジャックが一歩近寄ると、遊星は顔をあげた。
「ジャック」
「もう話しかけても構わんか」
 くすりと遊星が笑った。肯定のサインだ。
「ブルーノは」
「パーツの買出しに行ってくれた」
 会話しながら遊星にカップを差し出す。遊星はすこし驚いたように目を瞬かせると「ありがとう」と言って受け取った。既視感。サテライトにいた頃の遊星が、重なって見える。それから比べると、今の遊星は随分と成長したように見えた。ひとくち口に含んで、たいそううまそうに遊星はミルクで薄まりきったコーヒーを飲む。顔のあちこちが油や煤で汚れているのに気付いて、ジャックは自分のカップを置いた。手近な場所にかかっていたタオル――これも清潔だとは言いがたかったが――を掴む。遊星のところに戻ると、顔を掴んでこちらを向かせた。遊星は特に抵抗もしない。顔についた汚れを拭ってやる。
「少しは休め」
「これでちょうど、終わりにしようとしていたところだ」
「だったら風呂に入れ、いますぐ。あぶらくさい」
 呆れ混じりに言いながら、ふと、タオルを持っていたほうの手が何かにつかまれていることに気付いた。遊星が手首を掴んでいたのだ。そのまま引き寄せられて、ぺろりと指先を舐められる。
「なっ」
 遊星の突拍子も無い行為に唖然としてしていると、その間にも指を掌をどんどん舐められる。腕を伸ばされて、人恋しかったとばかりにぎゅうと抱き寄せられる。白のコートを脱いでおいてよかったとジャックは思う。
「……離せ遊星、オレまで汚れるだろう」
「なら、一緒に風呂に入ればいい」
 言いながら遊星の指がジャックの顔へと伸ばされる。視界の端で動き回る遊星の指先、撫でられる肌触り、少しかさかさしているこの感触。相変わらずの、しかし以前よりも確実に大人びた色気を帯びたこの指に、そして表情に。内側から火照る想いを完成させられたいと思う己を感じながら、ジャックは受け入れるようにくちびるをうすく開いた。
 すべてが終わる頃には、結局一口も飲んでいないコーヒーはすっかり冷めてしまっているだろう。横目に湯気をたてるカップと、そうでないカップのふたつを見ながらジャックは舌を絡ませた。
作品名:遊ジャで遊星△ 作家名:110-8