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草原が赤く染まるとき

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赤く、大きな太陽がグラスランドの地を照らしていた。
 どこまでも広がる地平。優しく激しく懐かしい風が頬を弄り、故郷に帰ってきたのだと実感がわく。
 だがなぜ。見なれたはずの夕陽がこんなにも不吉に映る―――?
「あ…あれ、あれ見てよ! ヒューゴ、軍曹!!」
 広大な草原の向こうで、煙がたなびいていた。



「急ぐぞ」
 妙に焦ったようなジョー軍曹の声が耳を掠めた。
 ダッグクランからやってきた彼は俺より低い寸胴な体格でありながら、母さんを除けば俺の知る限り最も優秀な『戦士』だ。
 家鴨人であることに頓着しないため、時々素っ頓狂なこともしでかすが、戦いにおいて彼ほど信頼できる存在はいない。
 その彼が、見たこともなような目で村があるはずの場所、異様な煙を覗っていた。
「ああ」
 声が掠れる。つんとした煙の匂いが鼻をついた。
 背筋がゾクリとする。なんだ、この不安は。



「―――ッ!」
 不安の正体は、村に近づくにつれ、すぐに分かった。
 村が燃えていた。「嘘だろ」と叫んでルルが駆け出す。
 村の惨状に居竦んだ俺は、慌てて後を追った。
 通いなれた道を駆け抜け村の入り口へ。
 そこで立ち止まった。



 村が燃えている。



 家も草も家畜も慣れ親しんだ遊び場も隣近所のおばさんたちも――――!
 瓦礫と炎が村を彩り、記憶の中の故郷がこの異様な光景に塗りつぶされていく。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
 そして―――――。



 村には美しい悪魔がいた。



「こんな村…、焼け落ちれば良い」
 悪魔が呟く。
 その言葉通り、村は炎に巻かれ灰塵と化していく。
 俺の前を走っていたルルが叫び、剣を抜いた。
 悪魔がゆっくりとこちらを向く。
 悪魔は美しく、可憐な少女の姿をしていた。
 スローモーションのように、悪魔に切りかかったルルが吹き飛ばされた。
 フラッシュバックのように、悪魔とルルの姿が切り替わった。
 獲物を仕留めた時のような匂いがする。
 ―――血の匂いだ。



 少女は顔を歪めた。
 その瞬間、ヒューゴの胸が怒りに妬かれる。



「なん…で………ッ」



 人であるなら何故これほどの悪行を為す。
 カラヤは和平を申し出ていた。その親書を届けた直後の焼き討ち。
 戦士ではなく、ただの女子どもばかりを殺し、それで胸を痛めるというのか。
 それほどの悪行を為しながら、おまえは『人』であると言うのかっ!



 何故―――と、訴えた答えは返らず。
 美しい悪魔は騎士に囲まれ村を去った。
 いつか、あの悪魔から全てを奪い取ろう。
 騎士としての誇りも、女としての矜持も、人としての尊厳も。
 すべてを踏みにじり引き裂いてやろう。
 だが。どれほどの怒りや憎しみを注いでも底の抜けたような胸からは感情が零れ落ち、虚しさばかりが広がっていく。
 深い悲しみは確かにどこかにあるのに。
 虚しさが肩を膝を落とし、目の前には墓標のないルルの墓があった。



「カラヤの本隊は戻ってこないみたいだな。ずっとここにいるわけにはいかないからな、一度、俺の村に戻るか」
 カラヤの本隊がここにいないということは、生き残った同族がまだいるということ。
 それはこの惨状にあって確かな『希望』なのだろう。
 だがなにも、心が動かない。すべてが鈍く、世界がずれていた。
 体は鉛を飲んだように重く、動かない俺の傍らでジョー軍曹が舌打ちし、離れて行く。



 墓標のない、墓。
 戦士として生きるなら戦いに死ぬのも誉れだ。
 いつか誰かがいっていた言葉を不意に思い出す。
 相手の死を望むなら、自分の死も覚悟せねばならない。
 ジョー軍曹の言葉を。
 ―――だけどルルはまだ子どもだった。



 戦いに、生きる。
 そんな覚悟よりも、還らない子どもの面影が重く―――。



 ただ、涙が零れた。

作品名:草原が赤く染まるとき 作家名:みと